研究者詳細

学術論文
分割表示   全件表示 >>

29 件中 11 - 20 件目

年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2011  グラン=ギニョル劇と三面記事  単著   
南山大学ヨーロッパ研究センター報  , 南山大学ヨーロッパ研究センター  , 第18号  , pp. 13-24  , 2012/03   

概要(Abstract) 20世紀初頭に誕生したグラン=ギニョル劇は当初から犯罪を特権的主題としていた。その背景にはこの時代の治安意識の急速な高まりがある。この意識の変化は、大衆ジャーナリズムの発達、とりわけ三面記事による犯罪報道の隆盛や、推理小説という新ジャンルの台頭によってもたらされた。グラン=ギニョル劇にもこれらのジャンルと同様、犯罪の脅威を訴えつつ犯罪を審美化するという二重の傾向が認められる。 

備考(Remarks)  

2011  Considérations historiographiques sur l’œuvre de Michelet  単著   
『De l’herméneutique philosophique à l’herméneutique du texte 哲学的解釈学からテクスト解釈学へ』,「テクスト布置の解釈学的研究と教育」第13回国際研究集会報告書  , 名古屋大学大学院文学研究科  , pp. 71-77  , 2012/03   

概要(Abstract) ミシュレは先行する哲学派と物語派の歴史学を総合して新たな歴史記述のスタイルを創造した。またクーザンやヴィーコの哲学の諸要素をも自らの歴史学に貪欲に取り入れた。このような総合的な姿勢は二十世紀のアナール学派の歴史家たちに大きな影響を与えただけでなく、ノラやランシエールといった最近の歴史家や哲学者にも重大な問題を投げかけている。 

備考(Remarks) 日本語版「ミシュレの作品についての歴史記述的考察」も本報告書に収録(pp. 187-193)。 

2011  グラン=ギニョル劇と精神医学  単著   
日本フランス語フランス文学会中部支部研究報告集  , 日本フランス語フランス文学会中部支部  , 第35号  , pp. 35-47  , 2011/11   

概要(Abstract) グラン=ギニョル劇とは二十世紀にパリのグラン=ギニョル座で上演された恐怖演劇である。そこには「医学演劇」と呼ばれる一連の作品があり、同時代の医学とりわけ精神医学の強い影響が認められる。本論文ではアンドレ・ド・ロルド、アンリ・ボーシュ『幻覚の実験室』を取り上げ、そこにシャルコーならびに十九世紀末の精神医学がいかなる影響を与えているかを検証した。 

備考(Remarks)  

2010  文学と医学の接点 グラン=ギニョル劇とシャルコー  単著   
『南山大学ヨーロッパ研究センター報』  , 南山大学ヨーロッパ研究センター  , 第17号  , 1-12  , 2011/03   

概要(Abstract) グラン=ギニョル劇には同時代の精神医学の強い影響が認められる。本論文ではロルド『サルペトリエール病院の講義』を取り上げ、そこで十九世紀末のシャルコーとサルペトリエール学派の理論がどのように描かれているかを検証した。その結果、この作品が当時の医学論争を素材にしているのみならず、グラン=ギニョル劇とサルペトリエールの臨床講義のあいだにスペクタクルとしての共通性があることが判明した。 

備考(Remarks)  

2005  オーギュスタン・ティエリと物語的歴史——『ノルマン征服史』の叙述をめぐって——  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 79号  , 73-93  , 2006/01   

概要(Abstract) ティエリは『ノルマン征服史』の序文において「決して介入しない」という物語的歴史の原則を立てた。しかし彼は作品中で必ずしもこの原則を守っていない。彼は物語と論述を使い分け、物語によって時代の固有色を出しながら、論述によって時代を越えた国民的同一性を説明する。ここにはティエリが自らに課した二重の役割が認められる。すなわち、歴史批判者としての役割と、国民的歴史の創設者としての役割である。 

備考(Remarks)  

2004  オーギュスタン・ティエリ試論——征服理論をめぐって——  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 77号  , 75-95  , 2005/01   

概要(Abstract) 「征服」はティエリの歴史における中心的概念であるが、しかし必ずしも彼の征服観はその経歴において一定ではない。彼は初期作品では歴史を征服者と非征服者の対立・葛藤と定義しているのに対し、後期作品においてはむしろ征服前後の連続性と2民族の融和を強調している。これは七月革命後のブルジョワ社会に歴史の帰結を見いだしたティエリの保守的な姿勢の反映ではないかと考えられる。 

備考(Remarks)  

2002  死のロンド:ミシュレ『フランス革命史』におけるロベスピエールの最期について  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 73号  , 2003/01   

概要(Abstract) 『フランス革命史』の末尾に位置するロベスピエールの死の物語の解釈を試みる。ミシュレがそこに書き込んだ「死のロンド」は、『フランス史』の随所に現れる「死の舞踏」の主題に通じるものであり、例えばジャンヌ・ダルクの受難の対極にある「東洋の神々の受難」を意味する。このような結末は、『革命史』においてミシュレが従来の歴史哲学的な歴史の弁証法を完全に放棄したことを示唆するものである。 

備考(Remarks)  

2001  Le Corps-roi : la critique du 《fatalisme》dans l’Histoire des Temps modernes de Jules Michelet  単著   
『Etudes de langue et litterature francaises』  , 日本フランス語フランス文学会  , 80号  , 51-62  , 2002/01   

概要(Abstract) ミシュレの『近世史』においては、権力者の病める肉体のイメージが氾濫する。これらは、肉体が精神に君臨し、宿命が自由を圧倒する近世という時代を象徴している。さらに言えば、これらの肉体に対する歴史家の執拗な糾弾そのものが、歴史哲学に対する批判を内包している。すなわち、これらの過剰な身振りは、歴史家が歴史自体に異議を唱える権利の実践であり、歴史家の超越性を標榜する歴史哲学への批判なのである。 

備考(Remarks)  

2000  伝説と歴史のはざまで:ミシュレによるジャンヌ・ダルク像  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 69号  , 149-170  , 2001/01   

概要(Abstract) ミシュレのジャンヌ・ダルク像を同世代の他の歴史家によるジャンヌ像と比較する。ジャンヌはその奇跡的な功績から「歴史」と「伝説」の間に位置する存在である。19世紀において、ギゾーは合理的分析により伝説を破壊しようとし、バラントは分析を拒否して伝説を保存しようとした。ミシュレは第三の道を取り、ジャンヌの「受難」を歴史の弁証法と重ね合わせることで、その奇跡を合理化しつつ伝説を維持しようと試みた。 

備考(Remarks)  

2000  La fonction expiatoire de la mort dans l’Histoire de France au Moyen Age : la fin de Charles le Temeraire  単著   
『Cahiers romantiques』  , ブレーズ・パスカル(クレルモン第2)大学出版局  , 6号  , 273-287  , 2001/01   

概要(Abstract) ミシュレの『フランス史』の中世の末尾に位置する、最後の封建領主シャルル豪胆公の死を通じて、一個人の「死」が中世封建制全体の「贖罪」の機能を果たしていることを検証する。このような死と贖罪の弁証法的関係は、当時のクーザンらの歴史哲学を連想させる。とはいえ、それが歴史家の介入により架空の可能性として提示されていることは、ミシュレが歴史の弁証法を決定論的なものとして受け容れていないことを示唆している。 

備考(Remarks)  

Page: [<<PREV] [1] [2] [3] [NEXT>>]