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学術論文
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24 件中 11 - 20 件目

年度
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論文題目名
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共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2004  オーギュスタン・ティエリ試論——征服理論をめぐって——  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 77号  , 75-95  , 2005/01   

概要(Abstract) 「征服」はティエリの歴史における中心的概念であるが、しかし必ずしも彼の征服観はその経歴において一定ではない。彼は初期作品では歴史を征服者と非征服者の対立・葛藤と定義しているのに対し、後期作品においてはむしろ征服前後の連続性と2民族の融和を強調している。これは七月革命後のブルジョワ社会に歴史の帰結を見いだしたティエリの保守的な姿勢の反映ではないかと考えられる。 

備考(Remarks)  

2002  死のロンド:ミシュレ『フランス革命史』におけるロベスピエールの最期について  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 73号  , 2003/01   

概要(Abstract) 『フランス革命史』の末尾に位置するロベスピエールの死の物語の解釈を試みる。ミシュレがそこに書き込んだ「死のロンド」は、『フランス史』の随所に現れる「死の舞踏」の主題に通じるものであり、例えばジャンヌ・ダルクの受難の対極にある「東洋の神々の受難」を意味する。このような結末は、『革命史』においてミシュレが従来の歴史哲学的な歴史の弁証法を完全に放棄したことを示唆するものである。 

備考(Remarks)  

2001  Le Corps-roi : la critique du 《fatalisme》dans l’Histoire des Temps modernes de Jules Michelet  単著   
『Etudes de langue et litterature francaises』  , 日本フランス語フランス文学会  , 80号  , 51-62  , 2002/01   

概要(Abstract) ミシュレの『近世史』においては、権力者の病める肉体のイメージが氾濫する。これらは、肉体が精神に君臨し、宿命が自由を圧倒する近世という時代を象徴している。さらに言えば、これらの肉体に対する歴史家の執拗な糾弾そのものが、歴史哲学に対する批判を内包している。すなわち、これらの過剰な身振りは、歴史家が歴史自体に異議を唱える権利の実践であり、歴史家の超越性を標榜する歴史哲学への批判なのである。 

備考(Remarks)  

2000  伝説と歴史のはざまで:ミシュレによるジャンヌ・ダルク像  単著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 69号  , 149-170  , 2001/01   

概要(Abstract) ミシュレのジャンヌ・ダルク像を同世代の他の歴史家によるジャンヌ像と比較する。ジャンヌはその奇跡的な功績から「歴史」と「伝説」の間に位置する存在である。19世紀において、ギゾーは合理的分析により伝説を破壊しようとし、バラントは分析を拒否して伝説を保存しようとした。ミシュレは第三の道を取り、ジャンヌの「受難」を歴史の弁証法と重ね合わせることで、その奇跡を合理化しつつ伝説を維持しようと試みた。 

備考(Remarks)  

2000  La fonction expiatoire de la mort dans l’Histoire de France au Moyen Age : la fin de Charles le Temeraire  単著   
『Cahiers romantiques』  , ブレーズ・パスカル(クレルモン第2)大学出版局  , 6号  , 273-287  , 2001/01   

概要(Abstract) ミシュレの『フランス史』の中世の末尾に位置する、最後の封建領主シャルル豪胆公の死を通じて、一個人の「死」が中世封建制全体の「贖罪」の機能を果たしていることを検証する。このような死と贖罪の弁証法的関係は、当時のクーザンらの歴史哲学を連想させる。とはいえ、それが歴史家の介入により架空の可能性として提示されていることは、ミシュレが歴史の弁証法を決定論的なものとして受け容れていないことを示唆している。 

備考(Remarks)  

1999  Le recit de mort dans l’Histoire de France de Jules Michelet(博士論文)  単著   
パリ第8大学  , A4用紙380枚  , 2000/03   

概要(Abstract) 『フランス史』の死の物語を取り上げ、ミシュレの歴史記述の独自性を分析する。ミシュレは『中世史』において、個人の死を通して社会を描く象徴的技法を確立した。当時の彼の進歩主義的な歴史哲学は、ジャンヌ・ダルクの「受難」における死の弁証法に集約される。しかし『革命史』以降、ミシュレが従来の進歩主義を失うに従い、死の弁証法は機能しなくなる。このように、ミシュレの叙述スタイルの変化には、彼の歴史観の変貌が反映されている。 

備考(Remarks)  

1997  La mort dans l’Histoire de France (1) : le Moyen Age  単著   
『フランス文学語学研究』  , 早稲田大学大学院文学研究科フランス文学専攻  , 17号  , 149-166  , 1998/01   

概要(Abstract) 「民衆の歴史」という主張を標榜しながらも、ミシュレは歴史作品の中で個人の死の描写に多くのページを割いた。彼の歴史記述においては、特定の個人の死の状況の中に社会全体の運命が反映される仕組になっている。ここでは主著『フランス史』の中世の部を取り上げ、そこに描かれた様々な死を分類し、それぞれに付与された意味を解読することで、ミシュレの歴史記述における「死の物語」の意味作用を明らかにする。 

備考(Remarks)  

1996  Le ≪ Sacerdoce ≫ de l’Histoire : essai sur l’anticlericalisme de Jules Michelet  単著   
『フランス文学語学研究』  , 早稲田大学大学院文学研究科フランス文学専攻  , 16号  , 75-85  , 1997/01   

概要(Abstract) 中期の著作『イエズス会』『司祭、女性、家庭』におけるミシュレの反教権主義について考察する。彼のカトリック攻撃は単に宗教の否定を目指したものではなく、歴史家という「祭祀」を媒介とする新しい宗教の設立の試みと考えられる。ミシュレの反教権運動の原因を、一イエズス会士に対する「私怨」という実証的事実に求めるのは不十分であり、むしろその対抗意識の前提となる彼自身の「宗教性」にこそ注目すべきである。 

備考(Remarks)  

1996  La Recuperation de la ≪ famille perdue ≫ : etude sur la religiosite du Journal et de l’Histoire d  単著   
パリ第8大学  , A4用紙60枚  , 1996/10   

概要(Abstract) ミシュレの公的著作(歴史作品)と私的著作(『日記』等)の間にある平行関係を検討する。ミシュレは『日記』を「失われた家族」の回復の手段としたが、同様の姿勢を彼の後年の歴史記述のスタイルに見ることができる。すなわち、彼は研究対象である過去の民衆と歴史家である自分の間に一種の家族的関係を想定することで、『フランス史』執筆に「失われた家族」の回復という意味を与えようとしたのである。 

備考(Remarks)  

1993  「贖罪」としての歴史−『民衆』序文における自伝的要素について−  単著   
『Etudes francaises −早稲田フランス語フランス文学論集−』  , 早稲田大学文学部フランス文学研究室  , 1号  , 23-33  , 1994/01   

概要(Abstract) ミシュレの公的著作(歴史作品)と私的著作(『日記』等)の間にある平行関係を検討する。『民衆』序文は自伝的要素を多く含んでおり、ミシュレの公的記述と私的記述の接点に位置している。ここでミシュレは自らの民衆としての出自を告白し、「家族」と「民衆」を同一視する。こうして家族への罪責感情を民衆への負債に転換することで、彼は「民衆」に歴史を与えることに個人的贖罪の意味を与えようとするのである。 

備考(Remarks)  

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