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研究発表
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年度
Year
題目又はセッション名
Title or Name of Session
細目
Authorship
発表年月(日)
Date
発表学会等名称 Name, etc. of the conference at which the presentation is to be given, 主催者名称 Organizer, 掲載雑誌名等 Publishing Magazine,発行所 Publisher,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.
2017  Islamic Periodicals in Colonial Indonesia  単独  2017/7/21 
International Conference of Asian Scholars 10  , International Conference of Asian Scholars    

概要(Abstract) 20世紀前半のオランダ植民地政府のメディアに関する情報誌IPOを用いて、新聞・雑誌の出版概況を述べた。出版件数、出版地、出版言語、出版(編集)主体等を把握し、その中でイスラーム系定期刊行物の占める位置、また出版傾向を分析した。その結果、イスラーム系定期刊行物は他の定期刊行物同様、1930年代に急激に増加したが、短命に終わるものが多かった。しかし、組織の機関誌から一般誌へと性格を変え、出版地は中部ジャワのソロと北スマトラのメダンが重要であることも浮かび上がった。 

備考(Remarks)  

2017  1920年代のイスラーム定期刊行物の中の女性:Bintang Islamを中心に  単独  2017/5/20 
東南アジア学会中部例会、IG科研研究会  , 東南アジア学会中部例会、IG科研   

概要(Abstract) 1920年代のインドネシア(当時はオランダ領東インド)で、イスラーム近代改革派系のムハマディヤが発行した『イスラームの星(Bintang Islam)』を資料に、女性に関する記事・コラムを分析。教義解釈、宗教・社会活動(国内)では、女性も巻き込んだムハマディヤの活動の展開状況、およびそれが引き起こす問題、また海外女性に関する問題を分析。
ムハマディヤが女性の“進歩”を示して、”近代性”を証明しようとしていたこと、また、ムスリムが護教と自己革新に挟まれて葛藤していたことを示した。 

備考(Remarks)  

2017  インドネシア・ムスリムの見た第一次世界大戦後の世界  単独  2017/10/14 
セミナー「東南アジアのイスラーム・メディアから見た世界――1920~30年代を中心に  , 南山大学アジア・太平洋研究センター、東南アジア学会中部例会(共催)   

概要(Abstract) インドネシア(当時はオランダ領東インド)で発行されたふたつのイスラーム系定期刊行物、『イスラームの星』『統一/議会』を題材に、戦間記の国際関係を、植民地のムスリムがどのように把握していたかを考察した。オスマン朝の崩壊によるイスラーム世界全体の動揺とともに、各地で民族運動を率いるイスラーム指導者の動静、また欧米に移動したムスリムの活動が幅広く伝えられている。しかし、中でも列強が植民地を意識してか、イスラーム懐柔政策を打ち出していることをムスリムの側も察知していることが明らかになった。 

備考(Remarks)  

2016  植民地期インドネシアのイスラーム系定期刊行物から見た世界:試論  単独  2017/3/31 
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同利用・共同研究課題  , 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所   

概要(Abstract) 1920年代から1940年代初頭(日本軍占領直前)までの、植民地東インドにおけるイスラーム系定期刊行物の出版状況を概観し、史資料としての可能性を述べる。従来のナショナリズム偏重の研究による問題点にも触れた。 

備考(Remarks)  

2015  インドネシアのムスリムとパレスチナ問題:1920~30年代のイスラーム系定期刊行物を中心に  単独  2015/3/2 
ワークショップ「アジアのムスリムとパレスチナ問題」  , 上智大学イスラーム研究センター   

概要(Abstract) インドネシアでは一般のパレスチナ問題に対する関心は高い。パレスチナ問題はどのように報道されて人口に膾炙するようになったのか、植民地期(1920年代、30年代)のイスラーム系定期刊行物を題材にして追ってみた。そうするとふたつの流れが見えてきた。ひとつはカイロのインドネシア留学生が発信した情報が20年代後半から掲載されており、パレスチナ問題への関心を喚起している。もうひとつは、英領インド発祥のアフマディヤ経由の情報がヨーロッパ列強の動向とともに届いていることがわかった。20年代半ばは、オスマン朝崩壊でカリフ制が廃止され、また聖地をサウード家が支配するようなり、イスラーム世界の地図が大きく変わると同時にムスリムの世界観も大きく変容していく転換期であった。その中でパレスチナ問題は、列強の利害に弄ばれるムスリムへの共感を強く呼び起こした。 

備考(Remarks)  

2015  第33回ナフダトゥル・ウラマー全国大会:総裁選出方法をめぐる対立  単独  2015/12/5 
第94回東南アジア学会研究大会  , 東南アジア学会   

概要(Abstract) 内容は『アジア・アフリカ地域研究』第15‐1号に掲載されたものと同じ。 

備考(Remarks)  

2013  イスラーム定期刊行物から見る1930年代の世界:資料としてのPedoman Masjarakat とAdil  単独  2014/3/28 
セミナー「世界史の中のインドネシアを考える」  , 南山大学外国語学部   

概要(Abstract) 1930年代を代表するふたつのイスラーム系定期刊行物をとりあげ、そこに掲載された海外情報を概観。海外情報は紙面の約2~3割を占め、バランスのとれた情報を提供している。 

備考(Remarks)  

2013  1930年代インドネシアのイスラーム定期刊行物  単独  2013/11/14 
1930年代の東南アジアのムスリムと定期刊行物  , イスラーム地域研究上智大学拠点   

概要(Abstract) 植民地期末期の1930年代、インドネシアで発行されたイスラーム系の定期刊行物を、IPO(原住民および中国人マレー語新聞雑誌記事摘要)掲載のリストをもとに概観。定期刊行物件数、発行地の推移から、イスラーム系定期刊行物の隆盛を論じた。 

備考(Remarks)  

2012  日本の回教工作の展開と帰結:インドネシアを中心に  単独  2012/12/1 
研究会“戦時期日本の喇嘛・回教工作  , 新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」第4班   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2011  1930年代インドネシア・ムスリムの国際関係認識  単独  2012/1/9 
ワークショップ「東南アジアムスリムと近代」  , NIHUイスラーム地域研究上智大学拠点   

概要(Abstract) 植民地末期のインドネシア(当時オランダ領東インド)では多くのイスラーム系定期刊行物が発行された。そこには中東、ヨーロッパ、アジアの緊迫する国際情勢に関する情報が多く掲載されていた。出版の状況、記事の内容、宣伝、掲載形態などを概観。 

備考(Remarks)  

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