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学術論文
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年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2015  1920~30年代のインドネシア(オランダ領東インド)のイスラーム系定期刊行物:IPOに基づいて  単著   
SIAS Working Paper Series 26 アジアのムスリムと近代(3):植民地末期の定期刊行物から見た思想状況  , 上智大学アジア文化研究所イスラーム地域研究拠点  , pp.83-108  , 2016年3月   

概要(Abstract) 植民地末期のインドネシアでは、定期刊行物の出版が隆盛した。出版物に対する規制が強化されたにも拘わらず、近代教育の普及、都市中間層の台頭などを背景に、時事報道誌は増加の一途をたどった。オランダ植民地政府のデータ(IPO誌)を基に、その動向を概観した。当初プリブミによる定期刊行物は組織機関誌として出版されたが、次第に一般読者を対象にした情報・報道誌へとその性格を変えていった。イスラーム系の定期刊行物も同様で、特に1930年代中ごろから大幅に増えた。大半は短命であったが、中には全国誌として発展したものもあった。IPOからは、スラカルタ(中部ジャワ)とメダン(北スマトラ)がイスラーム情報の発信地として浮かび上がってくる。 

備考(Remarks)  

2015  第33回ナフダトゥル・ウラマー全国大会:総裁選出方法をめぐる対立  単著   
アジア・アフリカ地域研究  , 京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科  , 第15‐1号  , pp.71-93  , 2015年11月30日   

概要(Abstract) インドネシア最大の宗教社会団体ナフダトゥル・ウラマー(NU)の組織問題を、全国大会での見学をもとに分析。2014年9月に『アジア経済』に掲載された論文の続編でもある。2015年8月のNU全国大会は、総裁選出方法をめぐって組織内部の対立が白日の下にさらされた。この対立からは、現在NUは、影響力あるウラマーの減少、実質的にはジャワに強い地盤を有するにも拘わらず、ジャワ島外の支部が支部数の60パーセントを占めて組織運営が以前にも増して困難になっていることが明らかになった。民主化が制度的に達成されたインドネシアにおいて、NU役員であることが「資産」と見なされ、役職の争奪戦が起きている。しかし、このような中、長老ウラマーが事態の収拾に役割を果たし、その存在感を示すことにもなった。 

備考(Remarks) 査読付 

2014  インドネシア・イスラーム史研究の現在  単著   
歴史評論  , 歴史科学評議会  , 752号  , 39-51頁  , 2014/12   

概要(Abstract) イスラーム研究は2001年「9・11」事件で衝撃を受けて、イスラーム急進派に関する書籍が多く出されたが、その質は疑わしいものであった。それに比べ、インドネシアのイスラームに関する歴史研究は着実に進展している。広いイスラーム世界とのつながりを重視するタリーカ研究と同時に、土着的要素を重視する現地語文献に基づいた研究双方も進展し、相互補完的に理解を深めつつある。日本からも国際レベルで評価される研究が発表されるようになった。 

備考(Remarks) 査読付 

2014  変容するナフダトゥル・ウラマーの二重指導体制:ウラマーの権威と指導力の乖離  単著   
アジア経済  , アジア経済研究所  , 第55巻第3号  , 56-85頁  , 2014/09/15   

概要(Abstract) インドネシア最大の社会宗教団体ナフダトゥル・ウラマーは、ウラマーを中核として、その影響下にある一般信徒が人的につながって構成されている。この構成員の二重構造に対応して、指導部は碩学のウラマーを戴くシュリアと、組織運営の実働体タンフィズィアから構成される二重指導体制である。政治に深く関与して組織拡大するなかでタンフィズィアの機能が大きくなり、最高指導部のシュリアは蔑にされるようになった。組織内ではシュリア復権を叫ぶ声も高いが、影響力のあるウラマーが少なくなっており、その実現は難しい。しかし、ウラマーのモラルを体現するシュリア長(総裁)を戴くことで、何とか宗教社会団体としての矜持を保とうとしている。 

備考(Remarks) 査読付 

2012  The Development of Studies on Islam in Indonesia: Towards a Combination of Area Studies and Islamic Studies  単著   
ACTA ASIATICA  , 東方学会  , No.104  , pp.99-120  , 2013/3   

概要(Abstract) インドネシアのイスラームに関する研究は、どのような時代背景あるいは政治・社会的要請で発展したのかを、を植民地期から現代にいたるまで概観した。特に方法論に着目し、この10年間の目覚ましい発展を遂げたことを指摘した。世界最大のムスリム人口を抱えていながら、イスラーム世界の「辺境」と考えられたインドネシアのイスラームは、第2次大戦後しばらくは、アメリカで隆盛した「地域研究」の中では真剣に取り扱われない傾向にあった。しかし、1970年末の世界的イスラーム復興の中で、インドネシアでもイスラームの影響力が注目され、一時期顧みなれなかった「イスラーム学」が見直されるようになった。欧米ではインドネシア研究への関心は薄れたが、イスラームに関する研究は政治の動向とは関連なく発展を続けている。 

備考(Remarks) 依頼論文 

2007  インドネシアにおけるイスラーム法学理論革新の試み―「イスラーム法集成(KHI)対案」の方法論を中心に  単著   
アジア経済  , アジア経済研究所  , 第48巻第10号  , 25−55頁  , 2007/10/15   

概要(Abstract) 査読付 

備考(Remarks) イスラーム法学は法規定と法学理論から構成される。新しい法解釈をするには方法論上の典拠を示さなければならない。2004年10月にインドネシア共和国宗教省ジェンダー主流化班が提出した「イスラーム法集成対案」には、革新的な内容の法規定とともに方法論上の問題が示された。特に方法論に関しては、法抽出の理念が提示され、法学パラダイムの転換と法判断・法規定抽出の鍵となるカーイダ(法格言、法原則)の見直しが大胆に提起された。この方法論をめぐる議論からは、「シャリーアの目的」、「マスラハ(公益)」、カーイダが方法論革新の鍵になっていることが明らかになった。これはインドネシアのウラマーもイスラームの知的伝統の枠内で思考を重ねていることを示すものである。 

2005  インドネシアにおけるイスラームのベクトル―シャリーア適用問題をめぐって―  単著   
南太平洋海域調査研究報告 No.43 東南アジアにおけるイスラームの現在  , 鹿児島大学多島圏研究センター  , 29−43頁  , 2006/02   

概要(Abstract) イスラームは地域によって多彩な表情を見せるが、同じ地域の中にも穏健派から急進派まで多様なイスラーム集団が見られる。インドネシアのイスラーム思想の潮流の中でも「多元主義」と「イスラーム主義」の生成を歴史的に概観。両者を分けるものはイスラーム法学の方法論であることを指摘し、かつムスリム社会は両者の間で常に揺れていることを示した。 

備考(Remarks) 2003年度多島域フォーラム・シンポジウム成果論文集 

2002  インドネシアにおけるイスラーム思想の展開  単著   
思想  , 岩波書店  , 941  , 178ー190  , 2002/09   

概要(Abstract) インドネシアのイスラーム思想の展開をインドネシアの政治動向と関連させて論じた。イスラーム法学の方法論に着眼し、クルアーン、ハディースを字義通りに解釈する聖典主義に始まり、西洋社会科学をイスラーム宗教学と合体させて時代と地域の事情に適合して柔軟な解釈をする「コンテクスト化」が主流となっていく過程を跡づけた。 

備考(Remarks)  

2001  インドネシアの「味の素」騒動の顛末  単著   
イスラム世界  , 日本イスラム協会  , 57  , 63-75  , 2001/08   

概要(Abstract) 2001年1月にインドネシアで,日系企業P.T.Ajinomoto Indonesiaの生産・販売した調味料「味の素」はイスラム教徒が口にすることのできない食品であるとインドネシア政府機関によって判定され,大きな問題となった。この事件をイスラーム法解釈の方法論から解釈すると同時に,変動の激しいインドネシアの政治状況と絡めて考察し,インドネシアでイスラームが政治とどのように関わって展開してきたかを検討した。 

備考(Remarks) 査読付 

1999  インドネシア・イスラーム研究の半世紀―「地域研究」と「イスラーム学」とのはざま―  単著   
東南アジア研究  , 京都大学東南アジアセンター  , 37巻2号  , 176-193  , 1999/09   

概要(Abstract) 世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアのイスラームに関する研究の流れを追い、その問題点と今後の課題を指摘した。1950年代にアメリカで始まった「地域研究」の影響のもとにインドネシア研究は、戦前のオランダにおける植民地研究と知的断絶があり、いわゆる「イスラーム学」が軽視された。そのために、1970年代までイスラームは等閑視される傾向にあり、インドネシア社会におけるイスラームの役割を評価することができなかった。近代化の時代にも発展するイスラームを知るために必要な方法、史資料の検討を提示した。 

備考(Remarks) 査読付 

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