研究者詳細

教職員基本情報
氏名
Name
井上 淳 ( イノウエ ジュン , INOUE Jun )
所属
Organization
人文学部キリスト教学科
職名
Academic Title
教授
個人または研究室WebページURL
URL
http://www.nanzan-u.ac.jp/~jino/
専攻分野
Area of specialization

西洋中世哲学およびキリスト教神学

学会活動
Academic societies

・ 1987年4月−現在に至る,中世哲学会
・ 1987年4月−現在に至る,京大中世哲学研究会
・ 1990年4月−現在に至る,日本カトリック神学会
・ 1998年9月−現在に至る,Société Internationale pour l'étude de la philosophie médiévale
・ 2001年10月−現在に至る,日本基督教学会
・ 2002年4月−2006年8月,中部哲学会

社会活動
Community services

・2000年4月−2004年3月:ザビエルハウス院長(Director of the Overseas Training Program at Xavier House SVD)
・2004年4月−2006年3月:ロゴスセンター館長
・2008年4月−現在に至る:神言会ハウス院長

著書・学術論文数
No. of books/academic articles
総数 total number (18)
著書数 books (1)
学術論文数 articles (17)

出身大学院
大学院名
Grad. School
修了課程
Courses
   Completed
修了年月(日)
Date of Completion
修了区分
Completion
   Classification
The Catholic University of America (CUA), Philosophy, Ph.D. 未設定  2000年05月  その他 
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取得学位
         
学位区分
Degree
   Classification
取得学位名
Degree name
学位論文名
Title of Thesis
学位授与機関
Organization
   Conferring the Degree
取得年月(日)
Date of Acquisition
博士 Ph.D. (Doctor of Philosophy)  On the Development of St. Thomas Aquinas's Theory of the Knowledge of the Separated Human Soul  The Catholic University of America (Washington DC) School of Philosophy  2000年05月 
修士 MA (Philosophy)    The Catholic University of America School of Philosophy  1992年10月 
修士 Sacrae Theologiae Licentiatus    在名古屋教皇庁認可神学部大学院Sacrae Theologiae Licentiatus課程  1988年03月 
修士 神学修士    南山大学大学院神学部大学院文学研究科神学専攻修士課程  1988年03月 
学士 文学士    南山大学文学部神学科  1985年03月 
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研究経歴
長期研究/短期研究
Long or Short
   Term research
研究課題名
Research Topic
長期研究  トマス・アクィナスの死生観の研究 

概要(Abstract) トマス・アクィナスの人間理解に関する研究のひとつとして、特に人間の生と死をめぐるトマスの理論を解明する。そしてそれを通して、現代における我々の生と死のあり方について考察する。 

短期研究  トマス・アクィナス『定期討論集 デ・アニマ』の翻訳、註、解説 

概要(Abstract) トマス・アクィナス『定期討論集 デ・アニマ』の逐語的な解読と注解の試み。特にトマスにおける人間の生と死の理論に焦点をあてて研究する。 

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著書
年度
Year
著書名
Title of the books
著書形態
Form of Book
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
出版機関名 Publishing organization,判型 Book Size,頁数 No. of pp.,発行年月(日) Date
2000  On the Development of St. Thomas Aquinas’s Theory of the Knowledge of the Separated Human Soul  単著   
UMI Dissertation Service  , 未設定  , 276 pp  , 2000/03   

概要(Abstract) トマス・アクイナスの死生観に関する研究。特に死後の魂の認識の問題に焦点をあてて、死後に身体から分離した魂が、いかなる仕方で知性認識のはたらきを行い得るかという問題をめぐるトマスの理論を解明する。トマスの初期の著作と後期の著作においては、テキストに表現の相違がみられる。これをトマスの思想的発展とみて、トマスが後期に自らの見解を変更したとするA.ペギス等の解釈に対して、トマスの見解は終始一貫して変わらず、ただ論議のコンテキストの違いから表現と強調点が異なるということを、トマスの諸々のテキストの綿密な解読を通して論証する。 

備考(Remarks) 博士論文 

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学術論文
年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2016  能動知性を措定することは必要であるか」―トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第4問題について―  単著   
南山神学  , 教皇庁認可神学部  , 40号  , pp. 129-152  , 2017/03   

概要(Abstract) トマスはQDA第4問題において人間の魂における能動知性の措定の必要性について論じている。トマスはアリストテレスの『魂について』の独自の解釈に基づいて、人間の魂においては可能知性と能動知性の両方の知性的能力が措定されねばならないとする。可感的事物の可知的形象はこの事物の世界にあらかじめ自存しているのでなく、知性によって作り出されねばならないからである。トマスの後期の著作において、その必要性がより強調されている傾向が見られる。 

備考(Remarks)  

2016  「可能知性もしくは知性的な魂は全ての人に一つであるか」―トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第3問題について―  単著   
南山神学  , 南山大学人文学部キリスト教学科  , 39号  , 181-223  , 2016/03/31   

概要(Abstract) 『定期討論集 魂について』第3問題においてトマスは、アヴェロエスのアリストテレス解釈を批判して、可能知性が離在的な実体であり全ての人間に一つであるという説を論駁している。この論駁はトマスの独自の人間観に基づくものであり、この論駁を通して我々はトマス自身の存在論、認識論をよりよく理解することができる。 

備考(Remarks)  

2014  人間の魂は存在的に身体から分離しているのであるか―トマス・アクィナス『定期討論 魂について』第2問題について  単著   
南山神学  , 南山大学人文学部キリスト教学科  , 38号  , pp. 145-187  , 2015/3   

概要(Abstract) トマス・アクィナスはこの討論において、人間の魂が存在的に身体から分離しているのか、あるいは形相として身体と一体となっているのかについて論じている。この論議の背景には当時のラテン・アヴェロエス主義者たちとの論争がある。トマスは魂は存在的に身体と合一しており、離在するものではないとし、しかし合一していながらも知性的なはたらきにおいて身体の受容能力を超出していることを主張する。 

備考(Remarks)  

2013  分離した魂は物体的な火によって罰を受けることができるか―トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第21問題 解説,翻訳と註―   単著   
南山神学  , 在名古屋教皇庁認可神学部・南山大学人文学部キリスト教学科  , 37号  , pp. 85-116  , 2014/03   

概要(Abstract) トマス・アクィナスのQuaestiones disputatae de anima, q. 21の解説と和訳。このテキストでは死後に分離した魂が地獄あるいは煉獄で物体的な火によって苦しめられ、罰を受けることができるか否かが考察されている。聖書の言葉に基づき、断罪された人間と悪霊たちは同じ火で苦しめられるとされる。キリスト教信仰によれば、死後、人間の身体は滅び、魂は分離して存続する。そしてこの世の終りに、神によって全ての人間は再び身体が与えられ、復活するのである。復活した人間に罰を与える火は、身体を罰するために物体的な火でなければならない。それゆえ、悪霊たちを苦しめる火も物体的な火であり、分離した魂を苦しめるのも、同じ物体的な火であることになる。ところが、悪霊と同様、分離した魂は非物体的な存在であり、感覚能力を持たないのである。そのような魂や悪霊がどのような仕方で物体的な火によって苦しめられることができるのかが、問題となる。結論としてトマスは、物体的な火は神の正義の道具として働き、悪霊や魂を縛りつけ拘束することによって、魂に内的な悲しみを与えることによって苦しめられるとしている。最大の悲しみは神から引き離されることによって生じるのである。このQDA q. 21には、他の並行箇所にはない、この問題に対するトマスの最も熟慮された綿密な見解が見られる。 

備考(Remarks)  

2011  「「感覚的能力は分離した魂の内に存続するか」トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第19問題 解説、翻訳と註」  単著   
『南山神学』  , 在名古屋教皇庁認可神学部・南山大学人文学部キリスト教学科  , 第35号  , pp. 85-110  , 2012/03   

概要(Abstract) トマス・アクィナスは『定期討論集 魂について』第19問題において、魂の感覚的能力が、魂が身体から分離した後も魂の内に残るか否かについて論じている。トマスははじめに、魂の諸能力とは魂の本質そのものではなく、魂の本質から生じる自然本性的な固有性(proprietates naturales)であることを確認する。魂の能力は、固有性として附帯性なのである。トマスによれば、反対対立するものを持たない附帯性は、その基体が滅ぼされない限り滅ぼされることはない。魂の諸能力はこのような反対対立するものを持たない附帯性である。それ故、魂の能力はその基体の消滅によって滅ぼされる以外にはない。そこでトマスは、感覚的能力の「基体」とは何であるのかを明らかにする。トマスによれば、能力(potentia)の基体とは、その能力に即したはたらきを行うことができるもののことである。それ故、その能力を根源とするはたらきの基体であるものが、当然、その能力の基体であることになる。従って、感覚的能力の基体とは、感覚的なはたらきの基体であるものに他ならない。トマスは言う。感覚的能力のはたらきは、魂のみを基体としてはたらくのではない。その能力のはたらきの基体は、身体と魂からなる複合体である。感覚的能力のはたらきは、魂によって、身体と魂の複合体に属するのである。それ故トマスはこう結論づける。魂の感覚的能力は、基体の内にあるような仕方で複合体の内に在るのであり、それは根源から生じるように魂から生じる。つまり感覚的能力という附帯性は複合体を基体としてその中に存在する。それ故、身体が滅びて複合体が消滅すると、それと共に感覚的能力のはたらきも消えてしまう。基体が滅びれば附帯性は存続できないからである。しかし感覚能力が魂から完全に失われてしまうわけではない。トマスによれば、その能力は分離した魂の内に、現実態として残るのではないが、根源の内に残るような仕方で潜在的に残るのである。 

備考(Remarks)  

2010  「「分離した魂は全ての自然的なるものを知性認識することができるか」トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第十八問題 翻訳と註」  単著   
南山神学  , 南山大学  , 34  , 63-91  , 2011/3   

概要(Abstract) In question 18, Thomas discusses whether the soul, after being separated from its body, will be able to know the quiddity or essence of all things naturally intelligible to the soul. While the soul is united with the body in this life, it cannot acquire the knowledge of all natural things, because of its way of knowing, that is, to know by acquiring the intelligible species by abstraction from material things; but when it is separated from the body, the soul will receive the influx of all intelligible species at once from higher substances. Through this influx, Thomas says, the soul will be able to understand all natural things. However, the separated soul knows them not perfectly but in a qualified way. Intelligible perfection is present in all intellectual substances, but not in the same way. Since the human soul is the lowest of intellectual substances, its natural intellective power is not able to achieve perfect knowledge through the infused intelligible species. Consequently, according to Thomas, the separated soul can understand all natural things by its natural intellectual power, but only imperfectly, that is, in a kind of universal and confused way, not in a distinctive way. 

備考(Remarks)  

2009  トマス・アクィナスにおける人間の魂の離在的実体の認識について  単著   
南山神学  , 南山大学  , 33号  , 165-92  , 2010年3月   

概要(Abstract) 人間の魂の離在的諸実体の認識については、Quaestiones de anima, qq. 16-17 と Summa theologiae I, qq. 88-89 に詳しく論じられている。トマスは、人間の魂はこの世においては離在的実体が何であるかを知りえず、ただそれが存在することを知るのみであるとしている。しかし死後にはそれらを知り得るとしている。分離した魂は離在的諸実体と類的に同じ存在であり、同じ認識様態を有するとしているからである。では、この世において身体と結合し認識して行く努力は無駄であるのか。トマスはそうでないと言う。人間はこの世において超自然的な認識へと向って歩むべきものなのである。人間の自然的な認識の力とその限界に焦点をあてて語るトマスに着目し、人間の究極目的への歩み、離在的諸実体との相違などの観点から、この論説に込められたトマスの意図を読み取りたい。 

備考(Remarks)  

2008  「分離した魂は離在的諸実体を知性認識することができるか」トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第十七問題およびその平行箇所,『対異教徒大全』第三巻 第四十五章と『任意討論』第三討論 第九問題 第一項 翻訳と註  単著   
南山神学  , 南山大学  , 第32号  , 71-102  , 2009/03   

概要(Abstract) In Disputed Questions on the Soul, question 17, Thomas Aquinas deals with the question of the possibility of the human soul’s natural knowledge and understanding of separate substances when the soul is separated from its body after death. This question has a close relation to the preceding question 16 in which he proves that the human soul cannot attain to understand the quiddity of the separated substances when the soul is united with its body in its present life. According to Thomas, this impossibility comes from the soul’s way of knowing when it is united with its body. Insofar as the soul is united with its body, the soul has to acquire the intelligible species abstracted from material things, and so the soul can acquire the knowledge of things inasmuch as it is led thereto through the species of this kind.
In contrast, when the soul is separated from its body, Thomas says, the soul will be able to know the separated substances. According to him, the human soul knows things in one way when it is united to its body, and in another way when it is separated from the body. The separated soul will know things in the same manner of knowing as the separate substances. Thomas says that by its essence the separated soul belongs to the genus of separate intellectual substances and has the same mode of subsisting. When the soul is separated from the body, it will be able to receive the influx from separate substances or from God, and know things through the infused species by immediately understanding its own essence. However, according to Thomas, the human soul will not be able to know separate substances as perfectly as these separate substances know each other, because the soul is the most inferior among intellectual substances and receives the emanation of intelligible light in the lowest degree. 

備考(Remarks)  

2008  トマス・アクィナスと環境問題--人間中心主義についての一考察--  単著   
中世哲学研究VERITAS  , 京大中世哲学研究会  , 第27号  , 61-84  , 2008/11   

概要(Abstract) 現代において大きな問題となっている環境破壊の原因のひとつとして批判されている人間中心主義について、トマス・アクィナスの著作に見出される言述を吟味し、トマスの立場は決して人間の身勝手な自然破壊や動物虐待などを正当化するものではなく、むしろ逆に人間が他の被造物や自然界に対して取るべき正しい態度を説くものであることを論じたもの。 

備考(Remarks)  

2007  人間の魂は、身体と結合している時、離在的諸実体を知性認識することができるか:トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第十六問題 翻訳と註  単著   
南山神学  , 南山大学  , 第31号  , 41-64  , 2008年3月   

概要(Abstract) Thomas Aquinas’ Quaestiones disputatae de anima, q. 16 deals with the question of the possibility of the human soul’s natural knowledge and understanding of separate substances when the soul is united to its body in its present life. Thomas explains that the soul, insofar as it is united to its body, has its sight turned towards phantasms, and therefore is capable of attaining an understanding of separate substances only so far as it can be led through species derived from phantasms. Therefore, Thomas concludes, the soul cannot attain an understanding of what separate substances are, but rather what they are not, or merely that they exist.
I offer here a translation of the Quaestiones disputatae de anima, q. 16. This translation is based on the 1996 Leonine edition, i.e., B. C. Bazan, ed., Sancti Thomae de Aquino Opera Omnia iussu Leonis XIII P.M. edita, Tomus XXIV-1, Quaestiones Disputatae de Anima (Roma: Commissio Leonina, 1996). I use this edition comparing it with Robb’s edition, i.e., James H. Robb, ed., St. Thomas Aquinas Quaestiones de Anima (Toronto: Pontifical Institute of Mediaeval Studies, 1968), and the Marietti edition, i.e., M. Calcaterra and T.S. Centi, ed., Quaestio Disputata de Anima in Quaestiones Disputatae, vol. 2, 10th edition (Turin: Marietti, 1965). I point out the differences among these texts in the notes, apart from trivial differences such as variations in spelling. 

備考(Remarks)  

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その他研究業績
年度
Year
題名等
Titles
カテゴリ
Category
細目
Authorship
掲載雑誌名等 Publishing Magazine,発行所 Publisher,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2012  「「分離した魂は個々のものを認識するか」トマス・アクィナス『定期討論集 魂について』第20問題」翻訳と註  翻訳  単著 
『南山神学』  , 在名古屋教皇庁認可神学部・南山大学人文学部キリスト教学科  , 第36号  , 163-189 (27p.)  , 2013年3月   

概要(Abstract) In Disputed Questions on the Soul, question 20, Thomas Aquinas deals with the question: whether the separated soul knows singular things. Thomas offers eighteen arguments which lead to a negative answer that the separated soul does not know singulars, and three “Sed contra” arguments which hold the affirmative answer that the separated soul does know singulars.

Thomas’s own answer to this question is “Yes.” He says that we must say that the separated soul knows singulars, for otherwise it would not remember the things which it did in this life, and thus there would be no “worm of conscience” (conscientiae vermis) in the separated soul. Also, the soul must know the singular things of which it acquired knowledge after the separation from the body, for otherwise it would not be affected by the fires of hell and the other corporeal punishments which are said to be in hell. However, he maintains that the separated soul knows some singulars, but not all of them, for example, they do not know (as Augustine says) the things that are happening here.

How, then, is the separated soul able to know singulars, although it cannot know singulars directly when it is united with the body in this life? According to Thomas, when the soul is separated from the body, because of this separation, the soul will be free to turn its sight toward higher substances so that by means of them it will be able to receive the influx of intelligible forms. These intelligible forms are the same forms which are infused in angels by the divine design. Since these forms are likenesses of things with respect to both form and matter, the separated soul can know singulars through them.

However, according to Thomas, the separated soul’s knowledge of singulars are limited. Unlike the angels, the efficacy of the intellective power of the separated soul is not proportioned to the universality of the infused intelligible forms, and therefore it cannot know all singular things determinately and completely, but rather in a certain general and indeterminate manner. These infused forms in the soul are limited to a knowledge of certain singular things to which the soul is specifically ordered or inclined.
 

備考(Remarks)  

2010  Martin Rhonheimer, The Perspective of the Acting Person: Essays in the Renewal of Thomistic Moral Philosophy  書評  単著 
中世思想研究  , 中世哲学会  , 52号  , 4p.  , 2010   

概要(Abstract) マルティン・ロンハイマーの著作、The Perspective of the Acting Person: Essays in the Renewal of Thomistic Moral Philosophy (Wathington, DC: The Catholic University of America Press, 2008) についての書評。 

備考(Remarks)  

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研究発表
年度
Year
題目又はセッション名
Title or Name of Session
細目
Authorship
発表年月(日)
Date
発表学会等名称 Name, etc. of the conference at which the presentation is to be given, 主催者名称 Organizer, 掲載雑誌名等 Publishing Magazine,発行所 Publisher,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.
2007  「トマス・アクィナスと環境問題:人間中心主義についての一考察」  単独  2007/10 
京大中世哲学研究会(第197回)  , 京大中世哲学研究会   

概要(Abstract) In Thomas Aquinas’s writings we find some statements which may appear to give an anthropocentric view of nature. Such anthropocentrism has generally been criticized as one of the causes of environmental problems. Thomas’s position, however, can be understood as the opposite to human misuse or abuse of nature from the viewpoint of his theory of God’s providential government of the universe, and the role and responsibility of human beings in this government. 

備考(Remarks)  

2005  『創造論』対『進化論』--トマス・アクィナスの人間論からの考察--  単独  2005/09 
日本カトリック神学会第17回学術大会  , 日本カトリック神学会   

概要(Abstract) しばしば対立する理論として問題とされるキリスト教的創造論と進化論を、現代のカトリック教会の基本的立場の礎のひとつとなっているトマス・アクィナスの神学体系をもとに考察したた。特にトマスにおいて区別されている人間の認識における三つの次元に注目し、事柄とそれが取り扱われるべき領域の混同が、誤解と混乱を生じさせる原因となっていることを指摘。 

備考(Remarks)  

2002  対話と共生ートマス主義的観点  単独  2002/09 
日本カトリック神学会第14回学術大会  , 日本カトリック神学会   

概要(Abstract) トマス・アクイナス『神学大全』神の存在証明の五つの道に見られる対話的性格についての考察 

備考(Remarks)  

2001  「魂の入れ替わりと個体の同一性」  単独  2001/07 
京大中世哲学研究会(第154回)  , 京大中世哲学研究会   

概要(Abstract) トマス・アクィナスにおける人間の魂の産出理論の探求。人間の知性的魂は個別的な創造によって産出されると主張されており,創造の際その知性的魂はそれに先立つ感覚的魂とのいわば入れ替わるとされている。その理論において人間個体の同一性はどのように保持されるのであるかという点についての研究 

備考(Remarks)  

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研究助成
年度
Year
助成名称または科学研究費補助金研究種目名
Name of grant or research classification for scientific research funding
研究題目
Research Title
役割(代表/非代表)
Role
助成団体
Granting body
助成金額
Grant amount
2003  南山大学パッヘ研究奨励金I-A-2  トマス・アクィナスにおける「対話」に関する考察 
     

研究内容(Research Content) 研究助成 

備考(Remarks)  

2001  南山大学パッヘ研究奨励金I-A  トマス・アクィナスの人間論の研究 
     

研究内容(Research Content) 研究助成 

備考(Remarks)  

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教育活動
年度
Year
タイトル
Title
内容等
Content
活動期間
Period of Activities
2012  M. アモロス著『ラテン語の学び方』練習問題解答集 

M. アモロス著『ラテン語の学び方』(南窓社、1970年)のための『練習問題解答集』を作成。予習復習用に配布。最新版は2012年6月1日版。A4サイズ、110頁。 

 
2010  『レポート・卒業論文作成のための手引き』 

レポート・卒業論文作成のための手引き。一年次生に配布。最新版は2010年1月22日版。A4サイズ、22頁。 

 
2010  Frederic M. Wheelock, Wheelock’s Latin, 6th edition, revised by Richard A. LaFleur(New York : Collins, 2005)のための『解答例と解説』 

Frederic M. Wheelock, Wheelock’s Latin, 6th edition, revised by Richard A. LaFleur(New York : Collins, 2005)の練習問題の解答例と解説。予習復習用に配布。最新版は2010年10月23日版。A4サイズ、136頁。 

 
2006   

・2002年以来 南山大学指導司祭
・2003年以来 毎年 学科新入生オリエンテーション合宿を企画・実行
・2004年 ラテン語教科書のための「練習問題解答集」を作成(最新版は2010年10月25日作成)
・2004年 キリスト教学科生のための「レポート・卒業論文作成の手引き」を作成
・2010年 ラテン語教科書Wheelock's Latin のための「解答例と解説」を作成(最新版は2010年10月23日作成) 

 
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研究活動/社会的活動
年度
Year
活動名称
Name of activities
活動期間
Period of Activities
2016  シンポジウム司会  2016/03/13 

活動内容等(Content of Activities) 中世哲学会2016年度シンポジウム
「東方神化思想と西方神秘思想――西方キリスト教における神秘思想――」
 

2007  典礼音楽演奏  12月14日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学降誕祭聖式において、学生合唱団と共に典礼音楽を演奏。 

2006  典礼音楽演奏  12月14日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学降誕祭聖式において、学生合唱団と共に典礼音楽を演奏。 

2005  演奏会開催  9月18日 

活動内容等(Content of Activities) 愛・地球博パートナーシップ事業「高田三郎作品による『ひたすらないのち 愛知演奏会』」(愛知県芸術劇場コンサートホール)の開催に、実行委員として参与。 

2005  典礼音楽演奏  12月16日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学降誕祭聖式において、学生合唱団と共に典礼音楽を演奏。 

2004  典礼音楽演奏  12月10日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学降誕祭聖式において、学生合唱団と共に典礼音楽を演奏。 

2003  演奏会  12月6日 

活動内容等(Content of Activities) 南山教会における吉田文アドヴェント・オルガンコンサートに、南山スコラ・カントールムと共に出演。 

2003  典礼音楽演奏  12月12日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学降誕祭聖式において、学生合唱団と共に典礼音楽を演奏。 

2003  演奏会  10月26日 

活動内容等(Content of Activities) 南山大学瀬戸キャンパスにおける聖南祭のイベントとして、南山スコラ・カントールムと共にシュッツ作曲「十字架上のイエス・キリストの七つの言葉」を演奏(オルガンを担当)。 

2002  演奏会  2003年1月13日 

活動内容等(Content of Activities) 伊勢管弦楽団「三重県音楽祭・オーケストラの祭典」に賛助出演(オルガン)。モーツァルト「レクイエム」他を演奏。開催場所は松坂市民文化会館。 

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著書・学術論文に関する統計情報
年度
Academic Year
学術研究著書の件数
No. of Academic Books
学会誌・国際会議議事録等に掲載された学術論文の件数
No. of Academic Articles in Journals/Int'l Conference Papers
学内的な紀要等に掲載された学術論文の件数
No. of Academic Articles Pub'd in University Bulletins
学会受賞等の受賞件数
No. of Academic Awards Received
国際学会でのゲストスピーカーの件数
No. of Times as Guest Speaker at Int'l Academic Conferences
国際学会での研究発表の件数
No. of Presentations of Papers at Int'l Academic Conferences
国内学会でのゲストスピーカーの件数
No. of Times as Guest Speaker at National Academic Conf.
国内学会での研究発表の件数
No. of Papers Presented at National Academic Conf.
2016 
2015 
2014 
2013 
2012 
2011 
2010 
2009 
2008 
2007 
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2017/04/05 更新