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学術論文
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年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2015  「選択と同意──T・アーウィンのアリストテレス的/トマス的アクラシアー論」  単著   
『理想』  , 理想社  , 第696号  , pp.88-99.  , 2016/03   

概要(Abstract) 論文「《意志の弱さ》の歴史的現象学」の続編にあたる研究で、その論文で触れたトマスの議論を、T・アーウィンという研究者の議論を紹介批評しつつ再検討した。 

備考(Remarks)  

2015  「胎児は人かという生命倫理学上の問題に関して『出エジプト記』第二一章第二二〜二五節を用いることについて──ヘブライ語テキスト、その七十人訳、ラテン語旧訳、アウグスティヌス擬作『旧約と新約聖書の諸問題』、および、真作『再考録』『旧約七書の諸問題』をめぐって」  単著   
『社会と倫理』  , 南山大学社会倫理研究所編  , 第30号  , pp.127-143.  , 2015/11   

概要(Abstract) 胎児は人かという生命倫理学上の問題に関して『出エジプト記』第二一章第二二〜二五節が用いる議論があり、そのような議論を根拠としての、ヘブライ語テキスト、その七十人訳、ラテン語旧訳、アウグスティヌス擬作『旧約と新約聖書の諸問題』、および、真作『再考録』『旧約七書の諸問題』を詳細に調査した。 

備考(Remarks)  

2014  《意志の弱さ》の歴史的現象学──ακρασια, incontinentia, そしてakrasia──  単著   
『現象学年報』  , 日本現象学会  , 30  , pp.1-10  , 2014/11/19   

概要(Abstract) 本論文は、いわゆる《意志の弱さ》(Weakness of Will)という考えが古代ギリシアにはなかったこと、しかし、現代ではあるとされていることを確認した上で、特にアリストテレスの『二コマコス倫理学』解釈の中でそれが出てきたのはどこでかを論じ、《意志の弱さ》を歴史的に現象させることを目指した。 

備考(Remarks)  

2010  「アリストテレス学と現代分析系/非分析系形而上学との対話──「形而上学再考/再興」のために──」  単著   
『哲學』  , 日本哲学会  , 61号  , pp.69-84  , 2010/04   

概要(Abstract) 以下の章からなる。「第一章 現代分析系形而上学との対話──ロウの〈「様相的知識(modal knowledge)」としての形而上学〉構想」、「第二章 現代非分析系形而上学との対話──ハイデガー/シェーラーの「弱き神の理念」やヨナスの「ミュートス」論がアリストテレス神学に示唆するもの」、「第三章 形而上学の本性とその帰結、形而上学と他の学との関係──アリストテレス学的な形而上学構想を中心に」。 

備考(Remarks) 「共同討議I:形而上学再考」のための依頼論文 

2008  「なぜ若きハイデガーは『動物運動論』を「広範な基盤」として『魂について』と『ニコマコス倫理学』を解釈する計画を『ナトルプ報告』で立てたのか──〈引用研究〉と〈参照箇所研究〉によるハイデガーの断片的テクストへのアプローチ──」  単著   
電子ジャーナルHeidegger-Forum  , ハイデガー・フォーラム  , Vol.2  , pp.90-113  , 2008/04   

概要(Abstract) 以下の節からなる。「はじめに──アリストテレス論第2部構想をめぐって」、「第1章 『ナトルプ報告』への「付論(Beilagen)」の分析の開始──アリストテレスの著作のどの著作のどの箇所へ何度言及しているのか」、「第2章 ハイデガーが「付論」において『ニコマコス倫理学』第6巻第2章に何度も言及する意図は何か──本論文の解釈の方向性」、「第3章 「付論5」および「6」の分析──「根本現象」としての「プロアイレシス(選択)」と実践的三段論法について」、「第4章 「プロアイレシス」が登場する「付論」の分析──「オレクシス(欲求)」の重要性」、「第5章 『ニコマコス倫理学』、『魂について』、『動物運動論』における「実践的三段論法」論の意義──そのことが若きハイデガーにとってもった意義について」、「付論 生と世界を関係付けるものとして若きハイデガーが生物の「進行方向」に着目していることについて──世界への生物の依存と世界の生物による再構成、『動物進行論』の意義」。 

備考(Remarks) 電子ジャーナルであるが、紙媒体版も同時に刊行されている。 

2007  倫理の理論と現実の行為──古代哲学の立場から──  単著   
『関西哲学年報・アルケー』  , 関西哲学会  , No.15  , pp.27-41,57  , 2007/06   

概要(Abstract) 課題研究のテーマ「倫理と現実」を、古代哲学(特にアリストテレス倫理学)の立場から論じた。アリストテレス倫理学は徳倫理であるが、徳倫理は反理論(アンチ・セオリー)であると思われているので、これに反論し、倫理学における厳密性、普遍性、個別性などを考察した。 

備考(Remarks) 依頼論文。なお、p.57は、特定質問への答えである。 

2006  アリストテレスの『ニコマコス倫理学』における外的善と幸福──「至福さを損なう」という言葉の意味をめぐって──  単著   
『アカデミア』人文・社会科学編  , 南山大学  , vol.83  , pp.73-84  , 2006/06   

概要(Abstract) アリストテレスは『ニコマコス倫理学』第1巻第8章において、子供ができないこととか顔かたちが美しくないことといった「もろもろの外的善」の欠如が、徳に従った活動をする人間の努力を挫き、人生の全般的価値を傷つけると言っているようにも受け取れることを述べている。本論文は、クーパーとケニーの論争を紹介批評し、自説を展開する。 

備考(Remarks)  

2005  存在の多義性という問題(依頼論文)  単著   
『アルケー・関西哲学会年報』  , 関西哲学会、京都大学学術出版会  , No.13  , 209-223  , 2005/06   

概要(Abstract) 存在の多義性、すなわち存在が多くの意味を持つことは、アリストテレス自身の言い方では、存在が「多くの仕方で言われる(ポッラコース・レゲスタイ)」ということであるが、この言いまわしは存在だけではなく、善や同一性など、重要な概念が論じられる際には、ほとんどいつも用いられる。本論文は、この「多くの仕方で言われる」という言いまわしをめぐって、『形而上学』B巻第3章における存在の多義性の論証の検討を中心に、C.Shields,Order in Multiplicity: Homonymy in the Philosophy of Aristotle, Oxford, 1999の論評を行ったものである。 

備考(Remarks)  

2002  科学技術者の倫理──工学倫理と徳倫理──  単著   
『社会と倫理』  , 南山大学社会倫理研究所  , 第14号  , pp.86-99  , 2003/01   

概要(Abstract) 工学倫理を徳倫理の立場から論じた。まず、美徳をアリストテレス的に説明し、次に、工学倫理における科学技術者の美徳の取り扱いをメイとシンジンガーという研究者において確認したうえで、最後に、ケーススタディをおこなった。 

備考(Remarks) 依頼論文 

2002  「アリストテレスにおける外的目的性の問題──『政治学』第1巻第8章と『形而上学』Λ巻第10章の解釈を中心に──」(査読付き論文)  単著   
『古代哲学研究』  , 古代哲学会  , Vol.XXXIV  , 1-15  , 2002/05   

概要(Abstract) アリストテレスの目的論に関する近年の研究では、生物体とその器官の内的な目的論的関係(内的目的性)に焦点が絞られている。伝統的にアリストテレスに帰せられることが多かった、「全体あるいは世界」が持つ目的性、あるいは、生物体の外部で成立する目的論的関係(外的目的性)は否定的な取り扱いを受けている。本論文は、外的目的性の真の姿を明らかにし、それをアリストテレスに帰すことは正当であることを主張した。
 

備考(Remarks)  

1998  「「自体的存在」としてのカテゴリー ──『形而上学』Δ巻第7章における存在への視点──」(査読付き論文)  単著   
『西洋古典学研究』  , 日本西洋古典学会,岩波書店  , 第46号  , 56-66  , 1998/03   

概要(Abstract) 通常のアリストテレスの存在論によると、実体だけがそれ自体で(自体的に)存在するのであって、量や質などの非実体は実体に属するという形でしか存在しない属性(付帯性)だとされている。しかしΔ7では、実体だけではなく非実体もまた同様に「自体的にある」とされてしまっており、これが近年の研究者たちを困惑させている。本論文は、実体と非実体を、或る意味で、それ自体であるものとして同様に扱うことはいかにして可能かを考察する。 

備考(Remarks)  

1992  「真としての存在──アリストテレス『形而上学』Θ巻10章──」(査読付き論文)  単著   
『アルケー・関西哲学会年報』  , 関西哲学会、晃洋書房  , No.2  , 42-52  , 1994/07   

概要(Abstract) アリストテレスの真理論の存在論的意義に関する研究。アリストテレスの真理論は、伝統的に、判断と事実の一致に定位していると解されている。そして、一致するということ自体は、事柄のあり方ではないので、存在論の研究対象にはならないとされる。これに対して本論文は、アリストテレスが、判断を手がかりとしながら、事柄自体のあり方へ目を向け、事柄のあり方としての真理・「真としての存在」を明らかにしているとする。 

備考(Remarks)  

1992  「アリストテレスの目的論における物質の必然」(査読付き論文)  単著   
『古代哲学研究』  , 古代哲学会  , Vol.XXIV  , 38-48  , 1992/05   

概要(Abstract) アリストテレスの自然学における目的論の研究。アリストテレスの目的論は、すべての出来事を合目的的だとするものではなく、物質の単なる必然性によって生じるものも認めている。しかし、合目的性と物質の単なる必然性とがどのように関係しているかについては意見が分かれている。本論文は、同一の物質が複数のアスペクトを持つことによって、目的に従いつつ、しかも同時に物質の単なる必然にも従うということを明らかにしている。 

備考(Remarks)  

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