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9 件中 1 - 9 件目

年度
Year
著書名
Title of the books
著書形態
Form of Book
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
出版機関名 Publishing organization,判型 Book Size,頁数 No. of pp.,発行年月(日) Date
2009  『新修名古屋市史』資料編近世二  共著  BA31311155 
名古屋市  , B5  , 2010/03   

概要(Abstract) 第三章「発展する商工業」の資料の翻刻と校訂、同章第一節「犬山屋神戸家」、第二節「麻屋吉田家」、第三節「水口屋小川家」、第五節「水野太郎左衛門家」、第六節「津田助左右衛門家」の解説(第五節のみ、天野雅俊と共同執筆、約50%を担当) 

備考(Remarks)  

2006  『新修 名古屋市史』資料編近世一  共著   
名古屋市  , B5  , pp.720-730.  , 2007/03   

概要(Abstract) 名古屋の商人伊藤次郎左衛門家(現・松坂屋)資料の翻刻と解説を行った。 

備考(Remarks)  

2002  『長久手町史』本文編  共著   
長久手町  , 未設定  , 768 p.  , 2003/03   

概要(Abstract) 第二編中世第四章第一節「人々の生業と暮らし」pp. 221-229.(9 p.)、第二節「物資・貨幣の流通」、pp. 229-244.(16 p.)、第三編近世第五章「人々の生業と交通」、pp. 387-403.(17 p.)を担当。中世および近世の、長久手の交通と経済について解説。 

備考(Remarks)  

1998  『新修 名古屋市史』第三巻  共著   
名古屋市  , 未設定  , 961 p.  , 1999/03   

概要(Abstract) 第五章第四節「名古屋の諸街道」、pp. 331-349.(19 p.)、第九章第三節「都市商業の展開」、pp. 603-641.(39 p.)を担当。 

備考(Remarks)  

1997  『尾西市史』通史編上  共著   
尾西市  , 未設定  , 965 p.  , 1998/03   

概要(Abstract) 近世編第一章第四節(一)「起渡船場の成立」、pp. 302-303.(2 p.)、(二)「起宿における渡船場の運営」、pp. 303-331.(29 p.)を担当。表題について解説。 

備考(Remarks)  

1997  『犬山市史』通史編上  共著   
犬山市  , 未設定  , 846 p.  , 1997/11   

概要(Abstract) 第三編第五章「木曽川と街道」、pp. 723-788.(66 p.)を担当。犬山の陸上交通、河川交通について解説。 

備考(Remarks)  

1996  『公義御茶壺一巻留』  共著   
名古屋市市政資料館  , 未設定  , 301 p.  , 1997/03   

概要(Abstract) 「御茶壺道中と街道の人々」、pp. 34-44.(11 p.)を担当。毎年一度、江戸と宇治を往復する御茶壺道中は、将軍自身が使用したり、将軍家祖廟や禁裏への献上茶にされる御用茶を運ぶものであり、道中では摂家や宮家、門跡と同様に扱うように定められていた。この茶壺道中のために宿駅に課せられた接待の規定とその変化、役人の接待に関わり発生した事件から、茶壺道中の問題点を探る。慶長18年(1613)に採茶使を派遣したのに始める茶壺道中は、寛永9,10年(1632,33)に制度化され、数寄屋頭1名他が随行することなった。茶壺の数はときに50以上に上り、岡崎宿では復路で330人もの人足を提供したときもあった。街道沿いには茶壺の権威をおとしめぬよう、様々な注意が触れ出され、経済的にも日常生活上でも近隣住民に大きな負担を与えたのである。享保8年(1723)には道中の簡素化が命ぜられた。二条城大番、大坂城番士の交代と茶壺道中の日程を合わせ、大番や番士らに茶壺の警護をさせることとしたのもこのときである。しかし、数寄屋頭と大番や番士の上下関係が明確でないことから、宿駅での接待が混乱した。また、正式な茶壺ではないのに茶壺と称して運搬を命ずる者が現れるなど、茶壺道中が地元住民に与えた影響は小さくなかった。 

備考(Remarks)  

2000  『尾張藩水上交通史の研究』  単著   
清文堂  , 未設定  , 280p.  , 2000/12   

概要(Abstract) 渡船場に関する研究はこれまで、その軍事的、言い換えれば関所的な機能を中心に論じていた。確かに軍事的機能は有していたであろうが、一方、矢作川のように架橋がされている河川も存在しているのは、渡船場に軍事以外の別の機能、すなわち経済的な機能も期待されていたためと考えられる。本著は、幕府の交通政策と関連しながらも、尾張の軍事的な重要性あるいは領内経済保護を重視する立場から独自の仕組みを作り上げた尾張藩の水上交通支配体制と、その下で地域の運輸業者・商人が受けた影響を論ずるものである。 

備考(Remarks) 2000年南山大学博士論文 

2013  『工業化と企業者精神』  共著   
日本経済評論社  , A5  , pp.447-464  , 2014/3/18   

概要(Abstract) 第3代南山大学長であり経済史・経営史学者ヨハネス・ヒルシュマイヤーの業績を紹介し、評価した。 

備考(Remarks)  

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