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年度
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論文題目名
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Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2003  トマスにおける実践知の構造─思慮と行為の重層性  単著   
中世思想研究  , 中世哲学会  , 45  , pp.110-121  , 2003/09   

概要(Abstract) トマスの言う「思慮 prudentia」は私たちが思い浮かべるよりも幅広い概念であることを示す。トマスの論述に基づいて整理すると、行為の構造は「意図・思案・決断・実行」という四層のモデルとして示すことができる。ところで、思慮の活動は目的にいたるための手段に関する「思案・判断・命令」の三つであるとされ、これらの要素は、行為の構造のモデルにおける手段に関わる理性のはたらきに対応している。こうして、トマスの倫理思想における思慮を、人間の実践的活動の全体を広くおおい行為の中枢に関わる実践知として、あるいは、行為の重層的な構造全体をつらぬく実践知としてとらえ直すことができる。 

備考(Remarks)  

2003  実践知と意志の弱さ─トマス・アクィナスの無抑制論  単著   
哲学研究  , 京都哲学会  , 575  , pp.56-80  , 2003/04   

概要(Abstract) アリストテレス理解にもとづくトマスの「無抑制 incontinentia」についての説明には、「知っているのにやってしまう」という葛藤あるいは自己矛盾の感覚をうまくとらえていない面があるのではないか。この疑問を解決するために次のような議論を提案する。まず、異質の説明原理に見える実践的推論モデル(規範-実例型)と行為論モデル(目的-手段型)を統一的にとらえる試みをおこなう。次に、行為論モデルの三層「思案・決断・実行」に注目し、それぞれが欠落する場合を意志の弱さのヴァリエーションと考えることができるという予測を立てる。これに対して、「思案・判断・命令」が思慮の三つのはたらきとして語られている点に着目し、これら三層に対応するそれぞれの無思慮が、先に予測した意志の弱さのヴァリエーションにあたるという同定をおこなう。 

備考(Remarks)  

1998  トマス・アクィナスの無抑制(incontinentia)論─実践的推論の誤り  単著   
中世思想研究  , 中世哲学会  , 40  , pp.94-105  , 1998/09   

概要(Abstract) トマスの考える無抑制の特徴は以下のように説明できる。抑制のある人も抑制のない人もともに二つの大前提をもつが、その分かれ目は小前提である。実践的推論の小前提とは、個々の具体的状況の中で今からなそうとしている行為を「この行為は○○だ」と捉える判断である。物理的には同一の行為をどう捉えるかによって、その人がおこなう行為の結果が大きく異なってくるという意味で、行為にとって重大なのは、ある個別的な行為を「○○として」捉える小前提である。つまり、実践的推論の小前提は(しばしば誤解されているように)没価値的な事実判断ではなく、そこにも当人の道徳的あり方が反映していると考えるべきである。 

備考(Remarks)  

1995  トマス・アクィナスにおける無知と罪  単著   
中世哲学研究 VERITAS  , 京大中世哲学研究会  , 14  , pp.111-117  , 1995/11   

概要(Abstract) 私たちは何か悪いことをしてしまった後で、「知らずにやってしまった」という言い訳をすることがあるが、この場合の「知らずに」というのはどういう意味なのか、また、そういう言い訳は本当に言い訳になっているのか。トマスの議論によると、あらゆる罪には個別的な選択に関する何らかの無知が伴っていると言える。しかし、トマスは無条件にすべての罪が無知であるとは認めない。すなわち、罪の原因を無知だけに限定しないし、多くの場合、無知を最終的な罪の原因とはみなさないという意味で、罪を無知に還元できないと考えている。 

備考(Remarks)  

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