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学術論文
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9 件中 1 - 9 件目

年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2015  社会契約としての保険 -1910年代から1930年代初頭のドイツにおける「保険」の認識論的位相-  単著   
ヨーロッパ研究センター報  , 南山大学ヨーロッパ研究センター  , 22  , pp. 141-159  , 2016/03/31   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2013  世紀転換期ドイツにおける「社会統計的認識」―ゲオルク・フォン・マイヤとヴィルヘルム・レキシス―  単著   
アカデミア 人文・自然科学編  , 南山大学  , 第7号  , pp. 103-118  , 2014/01   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2012  安全の政治と統計学―ドイツ労働災害保険をめぐる科学言説再読 1871–1932―(博士論文)  単著   
早稲田大学  , 107 p.  , 2012/11   

概要(Abstract)  数量化の技術は人間の集合的な生の保障とどのように結びついてきたのか。この問いが本論文の出発点である。
 近代において事故とは、産業化の進展に付随して生じるという点で社会の営為に内在的な、消去することのできない副産物として捉えられており、その脅威をいかに緩和するかが社会秩序の維持に関する主要な争点を構成していた。労働災害保険法とは、事故に由来する諸種の脅威を馴致するための措置であり、この点で、労災保険法の導入と整備がおこなわれたビスマルク期からヴァイマル期にかけてのドイツは、人間の生を脅かす危険現象に直面し、その制度的対応として安全のシステムが再編されていく過程によって特徴づけられる。そして労働災害保険の形成と運用においては、集団現象の把握や危険現象の予測・計算に関わる専門知として、統計学に代表される数量化の技術が中心的な役割を果たしていた。本論文ではこの側面に着目し、労働災害保険を、一つの具体的な制度機構としてよりも、特定の問題をめぐってさまざまな知が動員される言説の領野として捉えた。そのうえで、一八七〇年代から一九三〇年代初頭までを分析範囲に据え、この期間に展開された労働災害問題をめぐる統治の実践に携わった専門知の担い手たちの言説を検討することにより、ドイツ産業社会の安全の諸相を照射しようと試みた。 

備考(Remarks)  

2011  統計学と社会改革―エルンスト・エンゲルの「人間の価値」論  単著   
社会思想史研究  , 藤原書店  , 35  , pp. 78-98  , 2011/09   

概要(Abstract) 19世紀後半のドイツは、産業化の進展と人口増加に伴う労働者問題の激化に直面し、その解決を図るべく社会改革の必要性が強調された時期であった。その際、それ自体鳥瞰不可能な社会が抱える問題の所在を検知、把握するための観察メディアとして重要な役割を担ったのが統計学である。本論文では、社会改革の推進という問題意識のもと統計局を拠点として社会研究に従事した人物であるエルンスト・エンゲル(1821–1896)に焦点を当て、その思想の検討を通じて、産業資本主義の要請のもとで人間の生を経済的価値として捉えることの持つ意味について思考することを狙いとした。具体的には、『人間の価値』(1882年)と題されたテクストを中心に、労働者問題に対するエンゲルの取り組み(労働災害研究および家計・消費研究)を取り上げ、エンゲルが目指した社会改革、そして彼の社会像がいかなるものであったかを浮き彫りにした。 

備考(Remarks)  

2011  労働科学者としてのエミール・クレペリン―「疲労との闘争」に見るドイツ産業社会の一断面  単著   
表象  , 月曜社  , 05  , pp. 235-250  , 2011/03   

概要(Abstract) 世紀転換期のヨーロッパでは疲労現象は、産業化に伴う生活・労働のリズムの急激な変化に対する身体的反応として認識され、労働者の意志の減弱や注意の散漫につながり就労時の事故を招来する危険があるという点で、社会改革運動において取り組むべき課題と見なされた。労働科学とは、そのように社会問題として知覚された労働者の疲労に対し、科学的解明を通じて処方箋を提示しようと、医学・生理学・心理学といった人間の身体を主たる研究対象とする一連の専門知によってなされた実践の総体である。本論文では、労働科学の実践を担った中心人物としてエミール・クレペリン(1856–1926)を取り上げ、産業労働に関するマックス・ヴェーバーの議論等、同時代の他の諸言説と交差させつつ考察をおこなった。それにより、精神医学から労働衛生学を経て、「疲労との闘争」を標語とする労働心理学へと結実したクレペリンの研究実践が、いかなる合理性に根ざし、どのような政治的次元と結びついていたかを明らかにした。 

備考(Remarks)  

2010  群生の場としての「人口」―生政治学における「生」の概念について  単著   
早稲田大学大学院文学研究科紀要 第二分冊  , 早稲田大学大学院文学研究科  , 第55号  , pp. 129-144  , 2010/02   

概要(Abstract) ミシェル・フーコーは、人間の身体/生命がはらむ力能の増強を旨とする二つの権力形態、ひとつは集団に対し規律訓練を施すことで経済的有用性と政治的従順さの並行的引き上げを目指すもの(「人間の身体の解剖政治学」)、いまひとつは出生率や死亡率、健康水準など、住民で構成される集合体で生じる現象の調整・管理を促すもの(「人口の生政治学」)をまとめて「生権力」と名づけ、その展開をもって近代の閾と位置づけた。本論文では、生権力が定位する「生」の位相を、とくに生政治学が対象とする「人口」概念の検討を通じて考察した。それにより、権力実践との相関において立ち現れる近代の生の形象を明確化しようとした。具体的には、「人口」概念について考察した1978年のフーコーの講義録(「安全・領土・人口」)を参照し、そこで「人口」が、偶然性をはらむ場所として、自然性に立脚した環境論的な発想から捉えられていることを確認した。さらに、フーコーの「人口」概念の着想源になったと考えられる、1970年前後に書かれた彼の生物学・遺伝学に関するテクストを検討し、生政治学において焦点化される生が、生物学的な群相において把握されるものであることを示した。 

備考(Remarks)  

2009  安全性の政治と統計学―「労災保険の科学史」の試み  単著   
Angelus Novus  , 早稲田大学大学院文学研究科ドイツ語ドイツ文学コースAngelus Novus 会  , 第36号  , pp. 16-29  , 2009/03   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2007  生‐権力概念の射程―ミシェル・フーコーの権力分析  単著   
Angelus Novus  , 早稲田大学大学院文学研究科ドイツ文学専攻Angelus Novus会  , 第34号  , pp. 43-63  , 2007/03   

概要(Abstract) 哲学者ミシェル・フーコーのテクストを取り上げ、彼の理論構成のなかで中心的な位置を占める概念(権力・知・言説)の射程を考察した。 

備考(Remarks)  

2006  人間科学の論理と効用―管理・介入をめぐって(修士論文)  単著   
早稲田大学  , 79 p.  , 2006/03   

概要(Abstract) 人間科学とは、測定や標準化といった統計学的な数量化の手法により人間を記述する知の総体である。それは18世紀後半以降の西欧近代社会で生み出され、産業化の進行と随伴的に生じる危険現象(社会問題)の可視化という文脈の中で受容された。一般に、ある特定の科学によってもたらされる認識がリアリティを持つものとして社会の中に浸透する場合、両者の間には一定の親和性が循環的に成立していると考えられる。この点において、実践的な文脈のもとで使用された科学がはらむ認識の合理性を究明することは、それがいかなる社会的要請に呼応して働いたかを考察することと結びついている。本論文ではこうした着眼のもと、統計学的な知の枠組みが人間に適用される仕方(論理)とその帰結(効用)について思考することで、西欧近代に固有の合理性を明らかにしようと試みた。具体的には、人間科学をその社会的機能という観点から考察したミシェル・フーコーの著作(『監獄の誕生』『知への意志』)を導きの糸とし、統計学や確率論に関する思想史研究を参照しながら、近代の社会編成を考えるための鍵概念である「生権力」、「安全性」、「リスク」について理論的な考察をおこなった。 

備考(Remarks)  

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