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学術論文
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論文題目名
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Collaboration
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NeoCILIUS
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2024  スペイン文化と日本文化が備える「内と外の思想」  単著   
スペイン学  , 京都セルバンテス懇話会 論創社  , 26  , pp. 31-40  , 2024/03/30   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2024  スペイン文化と日本文化における死生観  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 115  , pp. 161-178  , 2024/01/31   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2023  スペイン文化と日本文化における「いき」の構造  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 114  , pp. 19-40  , 2023/06/30   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2023  スペイン人と日本人が備える「総合的感覚」をめぐる一考察  単著   
スペイン学  , 京都セルバンテス懇話会 論創社  , 25  , pp. 23-38  , 2023/03/30   

概要(Abstract) 本稿ではスペイン人と日本人が各々備える思考様式に焦点をあてて論述を展開する。その際、「総合的思考」と「分析的思考」という二つの概念と照らし合わせながら、スペイン人と日本人が共通した感覚的要素を備えているのではないかという仮説を立て、比較思想論の観点から分析に着手していくことにする。ここまで進めてきた比較分析を整理すれば以下のようにまとめることができる。スペイン語母語話者であるスペイン人は、接続法を媒介とする「総合的感覚」を有していると判断することができる。一方、東洋人の一角を成す日本人は本質的に「総合的思考」を備えており、「間の感覚」と「多視点」から成り立った「総合的感覚」も生得的に有しているのである。 

備考(Remarks)  

2023  スペイン文化と日本文化における名誉の諸相  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 113  , pp. 141-172  , 2023/01/31   

概要(Abstract) スペイン文化と日本文化は共通して名誉の概念を備えている。スペイン文化における名誉は騎士道に端を発し、日本文化のそれは武士道に由来している。スペイン語には名誉を表す名詞が2種類存在している。ひとつは「オノール」(honor)という名詞で名誉を意味し、もうひとつは「オンラ」(honra)で、「体面」、「面目」を表す。一方、日本語の名誉は、「人格の尊厳」、「名」、「面目」、「体面」、「外聞」などを表象する。また、スペイン人の名誉観が「Nobleza obliga. 高い身分はそれなりの精神的義務を伴う」という格言で表現されているのと同様に、日本人のそれは「武士は食わねど高楊枝」という格言に表象される。本稿において展開させた比較考察を整合すれば、スペイン人の備える名誉観と日本人の有するそれに観察される類似点を以下5点にまとめることができる。すなわち、(1)高貴な振る舞いと人格の尊厳に由来する名誉、(2)他人の評価を気にする「体面」感情、(3)時に暴力や殺人を助長する負の側面、(4)「個人的名誉」と「集団的名誉」という2種類の名誉、(5)騎士と武士が常に携帯していた刀の実在に象徴される「心の刀」としての名誉、の5点である。 

備考(Remarks)  

2022  ミュージカルを媒介とした日本文化におけるドン・キホーテ像の形成と発展  未設定   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 111  , pp. 199-234  , 2022/01/31   

概要(Abstract) 本稿ではミュージカル『ラ・マンチャの男』(1965)を東西文化交流の観点とアダプテーションの理論的観点という両観点から分析する。『ラ・マンチャの男』はスペイン黄金世紀の小説家、ミゲル・デ・セルバンテス(1547-1616)が執筆した小説『ドン・キホーテ』(前篇1605/後篇1615)をミュージカルに翻案した作品であり、劇中劇を基軸としたメタシアターとして構造化されている。日本語版『ラ・マンチャの男』の主役、ドン・キホーテは日本における初演である1969年から歌舞伎俳優の松本白鸚(1942-)が演じ続けている。本稿における分析から、日本語版『ラ・マンチャの男』の翻案作品としての詩的様相を以下のように結論づけることができる。すなわち、同ミュージカルを観劇する日本人観客は、スペイン、アメリカ合衆国、そして日本という三カ国間で交錯する複数の視点と文化のせめぎあいを作品世界内に垣間見ることになり、白鸚が演じるドン・キホーテのパフォーマンス形態に、(1)ラ・マンチャ地方の風車に突進するスペイン的な遍歴の騎士、(2)The Impossible Dream「見果てぬ夢」を追い求めるアメリカ合衆国のブロード・ウェイ的な求道者、(3)歌舞伎俳優が日本語で発話し演じる東洋的な《愁い顔の騎士》、という「文化横断的アダプテーション」を媒介として重層化された文学的形象の不可思議な止揚を見出すことになるのである。 

備考(Remarks)  

2022  コロナ禍における「海外フィールドワークA」  共著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 111  , pp. 81-108   , 2022/01/31   

概要(Abstract) パンデミック下におけるスペイン短期留学プログラムの実施をめぐる論考。泉水浩隆、永田智成、小阪知弘三者による共同執筆論文。「海外フィールドワークA」サラマンカ大学国際コース短期オンライン留学をめぐる分析。 

備考(Remarks)  

2020  「テクストとしての都市」サラマンカの詩的多様性  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 108  , pp. 189-216  , 2020/06/30   

概要(Abstract) 1218年にサラマンカ大学が創設されて以来、サラマンカは大学都市として知的発展を遂げてきた。同時に、様々な作家たちによって文学的題材としてサラマンカは詩的に描写されてきたのである。したがって、本稿では、ミゲル・デ・セルバンテス、ホセ・デ・エスプロンセーダそしてカミロ・ホセ・セラなどの作家たちが創造した文学作品を通して「テクストとしての都市」サラマンカの詩的多様性を分析する。本稿における分析を整合すれば、「テクストとしての都市」サラマンカの詩的多様性を以下のように定義することができる。第一に、サラマンカは中世から21世紀現在に至るまで常に大学都市であり、「学問の府」として学術的に機能してきた都市である。第二に、「知の発信地」である大学都市サラマンカは中世スペインから黄金世紀にかけて「魔術の都市」としての別の顔も備えていたのである。第三に、サラマンカは、月夜に輝くマヨール広場、新・旧大聖堂(カテドラル)そしてサラマンカ大学の正面玄関に代表される美しい歴史的建造物で構築された独自の詩的世界を備える情緒豊かな町でもある。総括すれば、「テクストとしての都市」サラマンカは数々の文学作品に彩られた独自の詩的世界と卓越した学術的歴史を内包する魅惑的な大学都市だと言うことができる。 

備考(Remarks)  

2019  テクストの都市としての聖都アビラ―ガルシア・ロルカ、セラそしてデリーベスの記述を中心に—  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 106  , pp. 41-61  , 2019/06/30   

概要(Abstract) イベリア半島北西部に位置する城壁都市アビラは幾人かの優れたスペイン人作家たちによって文学的及び詩的題材として取り上げられ、描写されてきた。そこで本稿では、ベンヤミンの提唱する哲学概念である<遊歩者>の視座から「歩行する身体」を媒介にして、「テクストの都市」としてのアビラの都市分析を展開させる。具体的に、ガルシア・ロルカ、カミロ・ホセ・セラそしてミゲル・デリーベスの文学テクストに登場するアビラに纏わる記述を分析対象に選定して、これら3人の作家が紡ぎ出した言説のテクスト分析をおこなうことにする。テクスト分析を通して、アビラは男性的な「騎士の町」であると同時に、女性的な「サンタ・テレサの町」という二面性を内包する都市空間であることを理解できる。また、石によって形成された歴史都市アビラは、月光に照らされ雪に包まれた町として詩的に結晶化していることも見えてくる。3人のスペイン人作家による記述を整合すれば、「テクストの都市」としてのアビラはサンタ・テレサの精神が息づいているだけでなく、神も遍在する聖都であると結論づけることができるのである。 

備考(Remarks)  

2018  リュイサ・クニリェの劇作品における並行世界  単著   
アカデミア 文学・語学編  , 南山大学  , 103  , pp. 93-119  , 2018/01/31   

概要(Abstract) リュイサ・クニリェ(1961‐)の演劇ではしばしば平行世界が取り上げられる。従って本稿において、可能世界論の視座からクニリェの代表作である『あの無限の風』(2002)の分析を試みる。同劇作品は現実世界と並行正解という対照的な二世界から成り立っている。現代社会が現実世界に設定されており、ギリシア神話の世界が並行世界として演劇化され、二つの世界が同時進行する二世界並行の手法を持ちいて作品は構造化されている。本稿における分析を整合すれば、クニリェの創造する並行世界は、二つ以上の選択肢を同時に選び取るJ.L.ボルヘスの志向する可能世界と合致しており、生きにくい現代社会に住む我々観客及び読者を一時、崇高なギリシア神話の世界へ導いてくれるのだと結論づけることができる。 

備考(Remarks)  

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