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学術論文
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Collaboration
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NeoCILIUS
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
1999  『雁』の〈もどかしさ〉  単著   
森鴎外研究  , 和泉書院  , 8  , 165-183  , 1999/11   

概要(Abstract) 森鴎外「雁」を対象として、その〈視点〉と〈語り〉の分析を行い、さらに末造をはじめとする人物像の特質と作品の特質としての〈もどかしさ〉について考察した論文。 

備考(Remarks)  

1999  『こゝろ』の〈たかまり〉−悲劇性のありか−  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 23  , 127-154  , 1999/09   

概要(Abstract) 新たな「こゝろ」論の流れをとらえつつ、テキスト各部の読解検討をつみかさねることによって、現在も多くの読者を引きつけてやまない漱石作品の特質を解明し、読み取りの方向を示そうとした論文。 

備考(Remarks)  

1998  「『伊豆の踊子』の作者」論ー自己を問う「作者」ー  単著   
昭和文学研究  , 昭和文学会  , 38  , 71-83  , 1999/03   

概要(Abstract) 昭和42〜43年の連載随筆「『伊豆の踊子』の作者」は川端康成の作家的姿勢をさぐる重要な資料であり、また、すぐれた作品でもある。自作「伊豆の踊子」に対する最も強い「否定的読者」であると同時に、その奥にあるかつての自己に見入る読者でもあり、さらに、この世で唯一人作品に責任をとろうとする者としての「作者」たらんとする川端の姿を、〈読むこと〉の問題として考察した論。 

備考(Remarks)  

1997  俗中酔興在リ  単著   
文学増刊(酒と日本文化)  , 岩波書店  , 220-224  , 1997/11   

概要(Abstract) 太宰治の「新ハムレット」中のポローニアスの息子への忠告のすぐれた造形を確認することから始め、その飲酒の戒と好対照というべき太宰の短篇「善蔵を思ふ」を、酒の上での失敗談と俗中の美談の組み合わせと見て、その巧妙な構成と語りの魅力を指摘。さらに表題にも引かれた葛西善蔵の「私小説」にあらわれた率直な声の力をも裏打ちとして、太宰作品の人間讃歌としての強さを再確認しようとした論考。(pp.220-224) 

備考(Remarks)  

1997  囲い込まれた生の感触ー佐藤春夫『お絹とその兄弟』ー  単著   
國文學  , 學燈社  , 42-12  , 57-61  , 1997/09   

概要(Abstract) 「田園の憂鬱」と同時期の体験を元にした「お絹とその兄弟」に、前者の内的なひろがりとは異なる伝承的世界の奥行きを見ようとした論考。語り手の「私」による「おきん」の話の再話をたどりつつ、最後に突如「おきん」が「お絹」へと変わることによって、過酷な〈流離〉の感触が一瞬読み手に手渡されることを重視、表題や「私」のまえがきによって囲い込まれることで却って〈話〉の捉え難さやひろがりが感じられるものとなっているとした論考。(pp.57-61) 

備考(Remarks)  

1997  「花燭」論ー〈自己劇化〉と〈言祝ぎ〉ー  単著   
太宰治研究  , 和泉書院  , 4  , 103-117  , 1997/07   

概要(Abstract) 太宰中期の郷里の人間との再会をモチーフとした作品の一つである「花燭」を対象として、その自己劇化の衝動を屈折した表現の中から抽出し、また素朴な人間理解による救済や更生の方向をもった〈美談〉としてのあり方を分析考察した論考。主人公男爵の滑稽な形象に異常な人間の独特な魅力をもった造形を見、やや安易な終結部に、冒頭とつながる婚姻譚としての言祝ぎの色付けを読み取ろうとしている。(pp.103-117) 

備考(Remarks)  

1996  小林秀雄における〈見る〉ことの希求  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 21  , 45-60  , 1997/03   

概要(Abstract) 小林秀雄の批評における〈見る〉ことの提唱と追究をあとづけ考察したもの。「美を求める心」のデスマス調の問いかけから始めて、「モオツァルト」中の美の理解や「私の人生観」における現実の思想的な力としての美という指摘をたどり、美的経験の全的で抗し難い力を受けとめる小林の「鑑賞者」としての姿勢に現象学的なそれを見てとり、「栗の樹」の「嘘」にもあらわれた、小林のつねに〈見よう〉としつつ語った批評の力を確認した論考。(pp.45-60) 

備考(Remarks)  

1995  津田の〈余裕〉、『明暗』の〈おかしみ〉  単著   
文芸と批評  , 文芸と批評の会  , 8-1  , 35-44  , 1995/05   

概要(Abstract) 深刻な作品とされてきた「人間失格」を読み直し、「はしがき」と「あとがき」という枠組みの読解をもふくめて、その巧妙な語りのサービスのあり方から来る滑稽味や軽味、そして辛辣さを充分に受けとめ、さらに、戦中の「お伽草紙」中の人物造形との関連をさぐることによって、悲惨な末路の〈果て〉を描いたと見える作品を〈人間肯定〉の方向であらたに意味づけようとした論考。(pp.11-44) 

備考(Remarks)  

1994  『人間失格』の〈人間肯定〉ー語りのサービスと笑いー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 19  , 11-44  , 1995/03   

概要(Abstract) 深刻な作品とされてきた「人間失格」を読み直し、「はしがき」と「あとがき」という枠組みの読解をもふくめて、その巧妙な語りのサービスのあり方から来る滑稽味や軽味、そして辛辣さを充分に受けとめ、さらに、戦中の「お伽草紙」中の人物造形との関連をさぐることによって、悲惨な末路の〈果て〉を描いたと見える作品を〈人間肯定〉の方向であらたに意味づけようとした論考。(pp.11-44) 

備考(Remarks)  

1994  「難題」としての研究と批評−小林秀雄『本居宣長』の学問批判をどう読むか−  単著   
日本近代文学  , 日本近代文学会  , 51  , 30-42  , 1994/10   

概要(Abstract) 「本居宣長補記」に語られた尋常で自明な事柄を直視することの困難から始め、「さかしら」を排そうとする事自体の「さかしら」につまずく宣長の学問の難局の理解の中に意味を見いだそうとする小林秀雄の「難題」としての学問理解に、今日の研究や批評に対する鋭い根底的な批判と指針を読み取ろうとした論考。小林の言う人の「事にふれて感(うご)く心」のあり方に、対象を前にした研究や批評の根底を再び見出そうとする。 

備考(Remarks)  

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