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NeoCILIUS
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2016  没後100年の『明暗』  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 17  , 1-13  , 2017/03   

概要(Abstract) 没後100年を経て、漱石文学の〈最終形〉である『明暗』に対する確実な読み取りを進めるために、解釈の前提と方向性に関する確認と検討を行ったもの。 

備考(Remarks)  

2015  「渡り鳥」と堀口大学訳ヴァレリイ『文学論』ー笑いと切実」  単著   
太宰治研究  , 和泉書院  , 23  , pp.130-141  , 2015/06/19   

概要(Abstract) 戦後の太宰文学の居直ったような軽快さと無残さを含む短編「渡り鳥」を、ヴァレリー『文学論』の本文借用箇所を改めて検討することによって、ヴァレリーに依存していると見せながらも、その名言を受け売りする「渡り鳥」たる青年の惨めさや気取りを、滑稽味と切実さのない交ぜとなった軽妙なかたちで表出したものとして意味づけた論考。
 

備考(Remarks)  

2014  「遠乗会」論―幻滅と優雅、ラディゲ・大岡昇平に比しつつ  単著   
三島由紀夫研究  , 鼎書房  , 15  , pp.45-51  , 2015/03   

概要(Abstract) 三島由紀夫の短編「遠乗会」を、同時期に発表された大岡昇平の『武蔵野夫人』と、両作品がともに影響を受けたレイモン・ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』と比しつつ、三島短編の優れた特質と価値を指摘した論考。
 

備考(Remarks)  

2014  『金色夜叉』論―「夜叉」から苦悩する人へ  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 15  , pp.31-45  , 2015/03   

概要(Abstract) 尾崎紅葉の代表作『金色夜叉』を「恋ゆゑの高利貸」と「明治の婦人」を書くという二つの意図から解読し直し、寛一の変貌、その強欲非道とストイシズムのあり方、内面描写とコキュ像の特質、宮の変貌等を読み解くことによって、単なる「夜叉」から苦悩する人間の描出に至った作品の意味を指摘した論考。
 

備考(Remarks)  

2014  切実さをめぐって  単著   
現代文学史研究  , 現代文学史研究会  , 20  , pp.110-117  , 2014/06   

概要(Abstract) カフカ「家父の気がかり」とそれに対する澁澤龍彦の批評、さらに坂口安吾「文学のふるさと」、トルストイ『芸術とは何か』を引いて、文学研究・批評における価値の問題について論じたもの。
 

備考(Remarks)  

2013  『明暗』本文の〈軋み〉―「仕舞にお延はとう/\我を折つた」(百十三)の解釈  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学人文学部日本文化学科  , 14  , pp29-45  , 2014/03   

概要(Abstract) 『明暗』の本文中の問題となりうる箇所を取り上げ、その解釈の可能性をさぐることによって、小説内の事象の継起とその表現の動きが、どのような読解と意味づけをもたらすかを考察した論考。
 

備考(Remarks)  

2012  『坊つちやん』の〈不安〉―小人像としての「おれ」  単著   
日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 13  , pp.13-26  , 2013/03   

概要(Abstract) 滑稽かつ爽快な語りによって造形された『坊つちやん』の中に、「おれ」の社会に対する不安を読みとり、敗者の話としての作品の奥行きをさらに広げようとしたもの。 

備考(Remarks)  

2011  夏目漱石における笑い―「明暗」という到達点―  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 12  , pp.1-11  , 2012/03   

概要(Abstract) 漱石文学における笑いの要素を考えるにあたって、初期作品だけでなく、未完の遺作長篇「明暗」を問題とすることの必要を説き、従来の余りに重い読み方に対して具体的な疑義を呈し、「明暗」をより豊かな滑稽味を持った小説として読解することの重要性を論じたもの。 

備考(Remarks)  

2009  開かれ、閉じられた「地球図」ー小さな白石ー  単著   
太宰治研究  , 和泉書院  , 17  , 92-103  , 2009/06   

概要(Abstract) 概要:太宰治の短篇「地球図」の〈小ささ〉に留意しつつ、新井白石「西洋紀聞」との比較を行うことで、そこにあらわされた小世界のかたちが、彼方へ向かおうとするひろがりをも見せていることを指摘し、せまさとひろさの重なりあった作品としての感触に注目した論考。 

備考(Remarks) 作品とその生成要素 

2008  〈招かれざる客〉の造形ー太宰治「親友交歓」と「黄金風景」そして「饗応夫人」ー  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 9  , 1-17  , 2009/03   

概要(Abstract) ユーモラスな語り口の中に鋭い人間観察と心理描写を埋め込むことによって、新たな農民像、民衆像を造形した戦前と戦後の短篇三作を、芥川龍之介の未定稿等と共に比較分析することによって各々の特質を指摘し、さらに、それらの人物像を〈他者〉との出会いとして受けとめ、自己との関係の中であらためて了解し直すに至る語り手の意識の動きのあり方を考察した論考。 

備考(Remarks)  

2008  太宰一〇〇年、そして清張ー孤立と共感ー  単著   
松本清張研究  , 北九州市立松本清張記念館  , 10  , 126-139  , 2009/03   

概要(Abstract) 作家としての活動時期を異にしていたが、国民的な人気があり膨大な読者を持つ太宰治と松本清張には、一貫して読者を面白がらせるという共通した姿勢があった。太宰作中の人間形象の〈異常〉さも、巧みな他者への語りかけや共感を土台として表現されていることを指摘し、その読み取りにおける、より柔軟な解釈の必要と可能性を説いた論考。 

備考(Remarks) 特集・同年に生を享けてー一九〇九年生まれの作家たち 

2007  減速された神秘、仕事する者たちー村上春樹『東京奇譚集』ー  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 8  , 1ー23  , 2008/03   

概要(Abstract) 「東京奇譚集」と名付けられた5短篇を、各々の特性を指摘しつつ分析解釈をほどこし、作品集全体のつながりの中で意味付けと評価を行った論考。不思議さや異様さの印象にとどまらず、読み手に残る意外にも手堅い人間の姿や持続する日常の感触に注目して、各篇における受容の動きをあとづけ、それにともなうイメージの変容をいわば〈減速された神秘〉として捉えなおそうとしたもの。 

備考(Remarks) Decelerated Mystery or Those Who Work - Haruki Murakami Tokyo Kitanshu (Strange Tales from Tokyo) - 

2006  『仮面の告白』の〈ゆらめき〉−「盥のゆらめく光の縁」はなぜ「最初の記憶」ではないのかー  単著   
三島由紀夫研究  , 鼎書房  , 3  , 33-47  , 2006/12   

概要(Abstract) 自己の〈異常性〉の有無と自覚の度合いを逐一検証するのみと見える回顧の中で、特に意味付けされぬまま冒頭に置かれた〈原初の記憶〉に注目し、〈異常と世知〉の対立や鋭い警句の配置、特徴的なナカグロ使用などを分析しつつ、さらに、末尾の強烈な光のイメージが冒頭の盥の光のゆらめきにつながり、〈原初〉への刹那の回帰として全一な自己を示していることを指摘し、告白の固執や動揺が支えられていると解釈した論考。 

備考(Remarks)  

2005  『愛の渇き』の〈はじまり〉ーテレーズと悦子、末造と弥吉、そしてメディア、ミホー  単著   
三島由紀夫研究  , 鼎書房  , 1  , 62-76  , 2005/11   

概要(Abstract) 事件へと向かってひたすら歩む『愛の渇き』の悦子を、過去を想起し問う者を描いたモーリヤックの『テレーズ・デスケイルゥ』と比較することでカタストロフへと向かう作品の悲劇性を吟味し、さらに敵役の弥吉の造形を鴎外『雁』の末造と比し、エウリピデス『メディア』や島尾敏雄『死の棘』とも比較検討することで〈動く〉ものとしての作品世界を意味付けようとした論考。 

備考(Remarks)  

2004  小林秀雄「三つの放送」と太宰治「新郎」、そしてトシオ・モリ  単著   
資料と研究  , 山梨県立文学館  , 10  , 37-40  , 2005/03   

概要(Abstract) 日米開戦直後の小林秀雄「三つの放送」と太宰治「新郎」「十二月八日」を比較し、ともに、大戦下を生きる人々の日常の思いをすぐれて表した文章であることを確認し、さらにカリフォルニア州の日系作家トシオ・モリの造形した日系女性の言葉にも、同様の魅力的で強い思念の表出をみることができるとした論考。 

備考(Remarks)  

2004  『舞姫』の〈近しさ〉ー斎藤美奈子・田中実の批判を手がかりにー  単著   
森鴎外研究  , 和泉書院  , 10  , 50-65  , 2004/09   

概要(Abstract) 近年の優れた『舞姫』批評二本を対象としてその成果と問題点を批判的に分析することによって、『舞姫』の作品として力と主人公の人間形象や告白の問題点などを検討し、読むことにまつわる〈かたむき〉の観点から自他の読みを見きわめ、『舞姫』再評価の可能性を示そうとした論考。 

備考(Remarks)  

2003  志賀直哉と小林秀雄―正対された〈美〉ー  単著   
国文学解釈と鑑賞  , 至文堂  , 68-8  , 90-95  , 2003/08   

概要(Abstract) 志賀直哉評価の現状において小林秀雄の二篇の志賀論はどう読み得るか。第一の志賀論は志賀の「原始性」を言うだけでなく、味読による清新な美の指摘をしている。「豊年虫」評は、無意識やエロスの次元にまで回帰した読みとりであり、陰影をもった言葉の感受が読みとして造形されている。自己に憑かれた世界である『暗夜行路』に「一般生活人の智慧」に通じるものを見る第二の志賀論にも、読むという経験の中でつかまれた美のかたちの、作品という審美の磁場における提示があることを説いたもの。 

備考(Remarks)  

2002  「女生徒」の自立性ー『有明淑の日記』との関係でー  単著   
アカデミア文学・語学編  , 南山大学  , 73  , 1-29  , 2003/01   

概要(Abstract) 有明淑の日記が刊行されたことにより、にわかに否定的評価がたかまったかに見える太宰治の「女生徒」の本文を、あらためて有明日記との関連から正確に検討しなおすことによってそのオリジナリティーと作品としての自立性を確認し、太宰作品における造型の特質とすぐれて動的な語りの実際を検証しようとしたもの。 

備考(Remarks)  

2001  「城の崎にて」末尾,あるいは〈反芻〉と〈帰還〉  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 2  , 31-47  , 2002/03   

概要(Abstract) 志賀直哉の「城の崎にて」を、『文章読本』の谷崎潤一郎による評価とその問題点の検討や、島木健作「赤蛙」の相違する方向性との比較検討などによって、特異なテキストとして対象化し、作中の「悪文」例や「桑の葉」の意味などを考えつつ、三つの死の関係の解釈を行い、さらに末尾に出現する〈現在〉によって生じる読み手の時間感覚の動揺、遠近感の混乱を積極的に意味付けようとした論考。 

備考(Remarks) The Ending of Kinosaki nite, or Rumination and Returning 

2000  継起と受難ー『暗夜行路』論ー  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 1  , 1-13  , 2001/03   

概要(Abstract) 長篇『暗夜行路』における主人公の不快や逡巡を事物の継起の中で繰り返される動きとしてとらえ直し、多くの行きずりの人物や彼らに向けられたまなざしを検討することによって、それらのただ中を行く主人公の独特の〈受難〉のかたちを初期短篇『ある一頁』と比較をもふまえて論じたもの。 

備考(Remarks) Continuation and Passion - A Note on An-ya Koro - 

1999  『雁』の〈もどかしさ〉  単著   
森鴎外研究  , 和泉書院  , 8  , 165-183  , 1999/11   

概要(Abstract) 森鴎外「雁」を対象として、その〈視点〉と〈語り〉の分析を行い、さらに末造をはじめとする人物像の特質と作品の特質としての〈もどかしさ〉について考察した論文。 

備考(Remarks)  

1999  『こゝろ』の〈たかまり〉−悲劇性のありか−  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 23  , 127-154  , 1999/09   

概要(Abstract) 新たな「こゝろ」論の流れをとらえつつ、テキスト各部の読解検討をつみかさねることによって、現在も多くの読者を引きつけてやまない漱石作品の特質を解明し、読み取りの方向を示そうとした論文。 

備考(Remarks)  

1998  「『伊豆の踊子』の作者」論ー自己を問う「作者」ー  単著   
昭和文学研究  , 昭和文学会  , 38  , 71-83  , 1999/03   

概要(Abstract) 昭和42〜43年の連載随筆「『伊豆の踊子』の作者」は川端康成の作家的姿勢をさぐる重要な資料であり、また、すぐれた作品でもある。自作「伊豆の踊子」に対する最も強い「否定的読者」であると同時に、その奥にあるかつての自己に見入る読者でもあり、さらに、この世で唯一人作品に責任をとろうとする者としての「作者」たらんとする川端の姿を、〈読むこと〉の問題として考察した論。 

備考(Remarks)  

1997  俗中酔興在リ  単著   
文学増刊(酒と日本文化)  , 岩波書店  , 220-224  , 1997/11   

概要(Abstract) 太宰治の「新ハムレット」中のポローニアスの息子への忠告のすぐれた造形を確認することから始め、その飲酒の戒と好対照というべき太宰の短篇「善蔵を思ふ」を、酒の上での失敗談と俗中の美談の組み合わせと見て、その巧妙な構成と語りの魅力を指摘。さらに表題にも引かれた葛西善蔵の「私小説」にあらわれた率直な声の力をも裏打ちとして、太宰作品の人間讃歌としての強さを再確認しようとした論考。(pp.220-224) 

備考(Remarks)  

1997  囲い込まれた生の感触ー佐藤春夫『お絹とその兄弟』ー  単著   
國文學  , 學燈社  , 42-12  , 57-61  , 1997/09   

概要(Abstract) 「田園の憂鬱」と同時期の体験を元にした「お絹とその兄弟」に、前者の内的なひろがりとは異なる伝承的世界の奥行きを見ようとした論考。語り手の「私」による「おきん」の話の再話をたどりつつ、最後に突如「おきん」が「お絹」へと変わることによって、過酷な〈流離〉の感触が一瞬読み手に手渡されることを重視、表題や「私」のまえがきによって囲い込まれることで却って〈話〉の捉え難さやひろがりが感じられるものとなっているとした論考。(pp.57-61) 

備考(Remarks)  

1997  「花燭」論ー〈自己劇化〉と〈言祝ぎ〉ー  単著   
太宰治研究  , 和泉書院  , 4  , 103-117  , 1997/07   

概要(Abstract) 太宰中期の郷里の人間との再会をモチーフとした作品の一つである「花燭」を対象として、その自己劇化の衝動を屈折した表現の中から抽出し、また素朴な人間理解による救済や更生の方向をもった〈美談〉としてのあり方を分析考察した論考。主人公男爵の滑稽な形象に異常な人間の独特な魅力をもった造形を見、やや安易な終結部に、冒頭とつながる婚姻譚としての言祝ぎの色付けを読み取ろうとしている。(pp.103-117) 

備考(Remarks)  

1996  小林秀雄における〈見る〉ことの希求  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 21  , 45-60  , 1997/03   

概要(Abstract) 小林秀雄の批評における〈見る〉ことの提唱と追究をあとづけ考察したもの。「美を求める心」のデスマス調の問いかけから始めて、「モオツァルト」中の美の理解や「私の人生観」における現実の思想的な力としての美という指摘をたどり、美的経験の全的で抗し難い力を受けとめる小林の「鑑賞者」としての姿勢に現象学的なそれを見てとり、「栗の樹」の「嘘」にもあらわれた、小林のつねに〈見よう〉としつつ語った批評の力を確認した論考。(pp.45-60) 

備考(Remarks)  

1995  津田の〈余裕〉、『明暗』の〈おかしみ〉  単著   
文芸と批評  , 文芸と批評の会  , 8-1  , 35-44  , 1995/05   

概要(Abstract) 深刻な作品とされてきた「人間失格」を読み直し、「はしがき」と「あとがき」という枠組みの読解をもふくめて、その巧妙な語りのサービスのあり方から来る滑稽味や軽味、そして辛辣さを充分に受けとめ、さらに、戦中の「お伽草紙」中の人物造形との関連をさぐることによって、悲惨な末路の〈果て〉を描いたと見える作品を〈人間肯定〉の方向であらたに意味づけようとした論考。(pp.11-44) 

備考(Remarks)  

1994  『人間失格』の〈人間肯定〉ー語りのサービスと笑いー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 19  , 11-44  , 1995/03   

概要(Abstract) 深刻な作品とされてきた「人間失格」を読み直し、「はしがき」と「あとがき」という枠組みの読解をもふくめて、その巧妙な語りのサービスのあり方から来る滑稽味や軽味、そして辛辣さを充分に受けとめ、さらに、戦中の「お伽草紙」中の人物造形との関連をさぐることによって、悲惨な末路の〈果て〉を描いたと見える作品を〈人間肯定〉の方向であらたに意味づけようとした論考。(pp.11-44) 

備考(Remarks)  

1994  「難題」としての研究と批評−小林秀雄『本居宣長』の学問批判をどう読むか−  単著   
日本近代文学  , 日本近代文学会  , 51  , 30-42  , 1994/10   

概要(Abstract) 「本居宣長補記」に語られた尋常で自明な事柄を直視することの困難から始め、「さかしら」を排そうとする事自体の「さかしら」につまずく宣長の学問の難局の理解の中に意味を見いだそうとする小林秀雄の「難題」としての学問理解に、今日の研究や批評に対する鋭い根底的な批判と指針を読み取ろうとした論考。小林の言う人の「事にふれて感(うご)く心」のあり方に、対象を前にした研究や批評の根底を再び見出そうとする。 

備考(Remarks)  

1993  「無私」と「告白」ー小林秀雄『感想』から『本居宣長』へー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 18  , 15-31  , 1994/03   

概要(Abstract) 小林秀雄最後の大作「本居宣長」の冒頭が〈告白〉から始められていることを重視し、その原型として中絶したベルクソン論「感想」をあらためて考察、「ダイモンの声」を始めとする両者の共通点に注目しつつ、「否定の力」としての「直観」をもとに本居宣長の「充実した自己感」を受けとめ、さらにゆたかな自己のあらわれに至る〈無私〉へと向かおうとした小林の思想的道程をあとづけようとした論考。 

備考(Remarks)  

1993  『留学』(遠藤周作)ー追いつめられた声と渇きー  単著   
國文學  , 學燈社  , 38-10  , 98-102  , 1993/08   

概要(Abstract) 遠藤周作の留学体験から生れた三話構成の小説「留学」を、作中に蔓延した虚脱感や消極的な受け身の感触にこそ特質があるとして分析した論考。留学生の屈折した心情や屈辱の表現の実際を考察しつつ、そこに圧倒的な距離として感受され語られた西欧のイメージが、横光利一の西欧体験の憂鬱と意外に近くにあることを指摘、体験自体の伝えがたさを孕みつつ失意や含羞が拡散する遠藤文学の特質を指摘した論考。(pp.98-102) 

備考(Remarks)  

1993  『細雪』大尾ー〈持続〉と〈収束〉ー  単著   
昭和文学研究  , 昭和文学会  , 27  , 26-35  , 1993/07   

概要(Abstract) 『細雪』下巻の、作品本文の丁寧な読み直しによって、そのいかにも凡常で具体的な人間世界のひろがりを描いた長篇が、雪子説話と妙子説話の交錯の中でどのように語り終えられようとするのかを、安易な象徴読みや過剰な意味づけを離れた具体的な〈読み〉の動きの中であとづけようとした論考。雪子の婚約成立と妙子の妊娠処理に向け活躍する貞之助らの様を魅力的な、しかもエゴを含んだ凡常の人間像の造形として捉えている。 

備考(Remarks)  

1992  『道草』の味わい−〈迂闊な建三〉と〈捨てられた父〉−  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 17  , 17-33  , 1993/03   

概要(Abstract) 『道草』の〈語り手〉の主人公健三に対する姿勢の両面性を具体的な本文分析によって検討、その切実かつ滑稽な語りの感触を明らかにしつつ、さらに、健三の中の〈迂闊さ〉を問題として、その奥に〈父〉としての島田に対するこだわりと受けとめの葛藤が語り難い根源的なものとして描かれているとする。たんに、テキスト分析に執するのでなく、作品としての痛切な味わいとその微妙な感触を重視した作品論。 

備考(Remarks)  

1992  「杏っ子」読後  単著   
室生犀星研究  , 室生犀星学会  , 9  , 86-90  , 1993/02   

概要(Abstract) 自伝的作品「杏っ子」を対象として、犀星の強靱な人間把握の意志とそのかたちの実際を考察した論考。己れの過酷な生い立ちを突き放した人間理解の対象となし、さらにそこから現在の自己の生の場を照らし返す主人公平四郎の作家としての強さを読みとり、娘の離婚問題に際しても、男女の結合離反に対する徹底した姿勢を貫こうとする様をあとづけ、さらにその逞しい向日性の裏に置かれた妻の存在の重さをも見ようとした論考。(pp.86〜90) 

備考(Remarks)  

1991  小林秀雄「Xへの手紙」読解  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 16  , 21-46  , 1992/03   

概要(Abstract) 「Xへの手紙」は小林秀雄による小説の試みであり、創作的作品といえる。そこにあらわされた自己像、世界像のあり方を、森鴎外や梶井基次郎作品との比較考察を通して明確化し、また恋愛における対他意識の極点の表現を坂口安吾の自伝的作品と比較し、自己表現としての〈告白〉のモチーフを考察、さらに「地下室の手記」の語りの動きに比べて「Xへの手紙」の抑制的内向的あり方に切実な告白者・小林の声を聞こうとした論考。(pp.21〜46) 

備考(Remarks)  

1989  「細雪」論−〈伝聞〉と〈忖度〉のひろがり−  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 14  , 31-64  , 1990/03   

概要(Abstract) 『細雪』は、伝聞の再話や推測の〈まとめ〉によって日常的世界の拡がりや狭まり、また時間感覚をあらわしており、幸子の円満さやその夫貞之助との相互理解の安定の上に、雪子の沈黙や妙子の奔放さが家族の問題とされ、忖度や処理の対象として置かれることによって、凡常の人間の分かりやすさと分かり難さが同時に描かれているとして、作品本文にあらわれたその個々の表現のかたちを細かくあとづけた論考。 

備考(Remarks)  

1987  自己探求の場としての批評−「ゴッホの手紙」から「白痴」再論へ−  単著   
文学  , 岩波書店  , 55-12  , 61-70  , 1987/12   

概要(Abstract) 「ドストエフスキイの生活」「モオツァルト」に続く小林秀雄の評伝的試みである「ゴッホの手紙」に〈告白〉のモチーフの深化を読みとり、さらに戦後の論である「罪と罰」再論から「白痴」再論において、孤立者ムイシュキンだけでなく「たゞの人」レイベジェフらの告白の核心にも迫った小林が、批評的な言辞の不要なとしての〈無私〉を受けとめ、自己探求の場としての批評文を書きついだ過程を考察し、意味づける。 

備考(Remarks)  

1985  太宰治「嘘」ー寓話的世界の「美談」ー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 10  , 65-74  , 1986/03   

概要(Abstract) 戦争末期の「田舎の秘話」という形で書かれた、一見ユーモラスと見える作品の語りのはばと奥行きの具体的検討を通して、その技巧を分析することによって結末の意外性の解釈可能性とその意味を探り、さらに太宰文学の対他意識の奥にあるものを考察した論考。太宰作品における寓話的性格づけをもった〈美談〉のあり方を重視し、語りの自在さによってその含意に満ちた魅力的提示が行われていることを検証した論考。(pp.65〜74) 

備考(Remarks)  

1984  「孤独」の受けとめー小林秀雄「感想」(昭和16/1)考ー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 9  , 65-75  , 1985/03   

概要(Abstract) 小林秀雄の昭和16年の「感想」にあらわれた感受性の型というべきものをさぐることにより、小林批評の姿勢のあり方を論じた論考。批評対象である「もの」との出会いにおける受容のあり方、啓示性を検討し、見ることに徹底することによって、自らの批評的危機をあえて受けとめつつ、あらたな〈あらわれ〉を見いだして行こうとした小林の批評的姿勢を追究した論考。(pp.65〜75) 

備考(Remarks)  

1983  小林秀雄のドストエフスキイ再論  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 8  , 41-56  , 1984/03   

概要(Abstract) 戦後の小林秀雄によるドストエフスキイ作品「罪と罰」「白痴」の再論を、戦前の論とつきあわせてくわしく検討し、そこに戦前からもちこされた「孤独」の問題の深化を見るとともに、ドストエフスキイの作中に描かれたごく普通の人間たちの生の異様ともいえる奥行きに対する小林のあらたな読み込みを重視し、小林の批評意識の柔軟さと徹底性の進展の解明を試みた論考。(pp.41〜56) 

備考(Remarks)  

1982  『野分』論ー啓蒙と疎隔ー  単著   
南山国文論集  , 南山大学国語学国文学会  , 7  , 63-76  , 1983/03   

概要(Abstract) 漱石の職業作家としての出発の直前に書かれた「野分」を、〈先行者〉と〈若者〉の間にあらわれる啓蒙的な姿勢とその受けとめのかたちという観点から検討し直し、書き手の対他意識における〈隔たり〉のあり方として考察した論考。後続のすぐれた漱石作品に受け継がれる型――人間の孤立が先行者と若者との交わりのただ中であらたにとらえ直され、かつまた深まるという話の原型をそこに見いだし、解明せんとした論考。(pp.63〜76) 

備考(Remarks)  

1981  中原中也におけるアニミズム的心性  単著   
国文学研究  , 早稲田大学国文学会  , 76  , 83-93  , 1982/03   

概要(Abstract) 中原中也詩における自然を前にした〈放心〉の様々なかたちを、いくつかの詩作品の中で具体的に指摘し、その検討、分析によって、岩田慶治の説く如き「アニミズム」的な心のあり方が詩人中也の内部にも見出せることを、あらたな作品分析として打ち出した論考。(査読付き論文)(pp.83〜93) 

備考(Remarks)  

1979  「孤独」をめぐって(3)ー小林秀雄論ー  単著   
早稲田文学  , 早稲田文学会  , 41  , 29-36  , 1979/10   

概要(Abstract) いくつかの大陸旅行記や「文学と自分」を始めとする戦争期に至る小林秀雄の批評文の中で、生活そのものがあるがままの孤独の相において深化され、眼前の対象を「もの」としてとらえることによって、自らの言葉??批評の限界が探られようとして行く過程を分析検討し、ドストエフスキイ読解を通してヴァレリイからパスカル的な世界の受容へと向かった小林秀雄の文学的姿勢の根本にある「孤独」を論じ、意味づけた論考。 

備考(Remarks)  

1979  「孤独」をめぐって(2)ー小林秀雄論ー  単著   
早稲田文学  , 早稲田文学会  , 40  , 26-35  , 1979/09   

概要(Abstract) 小林秀雄の「私小説論」において論じられた小説の問題、「リアリティ」や「伝統」の問題が、かつての言語論的考察とつながりつつ、「ドストエフスキイの生活」等のドストエフスキイ論執筆の中で深められ、また正宗白鳥との「思想と実生活論争」のやり取りを経て、より本質的な言語と生との連続と不連続の問題として確かに掴み直され、さらに小林の批評的意識、思考の徹底化をうながして行ったことをあとづけ、解明した論考。 

備考(Remarks)  

1979  「孤独」をめぐって(1)ー小林秀雄論ー  単著   
早稲田文学  , 早稲田文学会  , 39  , 46-58  , 1979/08   

概要(Abstract) 小林秀雄の批評文にすぐれてあらわされた自己意識のあり方とその意義をさぐるために、「『テスト氏』の方法」を始めとする批評で論じられ、また創作「Xへの手紙」中にもあらわれた対他意識の極点としての「孤独」を問題として分析検討し、さらに戦前のドストエフスキイ論の中でそれがどのように深化されて行ったかを、具体的な読みとりの積み重ねによって論じ、意味づけた論考。 

備考(Remarks)  

1978  小林秀雄のベルクソン論のはじまりーダイモンの声と沈黙ー  単著   
研究論集  , 開成学園  , 7  , 1-20  , 1979/03   

概要(Abstract) 小林秀雄のベルグソン(ベルクソン)論である未完の『感想』の冒頭で語られた母の死にまつわる「妙な経験」の叙述を、生きられた「経験」の核心に迫ろうとするものとして分析し、それがベルクソン最後の著作の再読を経て、ベルグソンを論じることへと動いた過程をたどり、ソクラテスの「ダイモン」とベルグソンの「直感」の考察を通して、小林が追究しようとしたものを探った論考。(pp.1〜P20) 

備考(Remarks)  

1977  小林秀雄論(修士論文)  単著   
修士論文  , 早稲田大学大学院文学研究科  , 1-265  , 1978/03   

概要(Abstract) 小林秀雄の批評における言語論や現象学的姿勢の考察からはじめて、個々の批評作品の読解分析によって、小林の〈対象〉を前にした批評的な自己意識のあらわれを〈孤独〉の問題としてとらえ直し、戦前から戦後に至るドストエフスキー 論等の中でのその深化、変容を検討し、〈無私〉の把握に向かおうとした過程を自己探求の実践としてあとづけた修士論文。(400字詰原稿用紙265枚) 

備考(Remarks)  

1977  荷風『地獄の花』論ー〈思想的処女性〉を追ってー  単著   
近代文学研究と資料  , 早稲田大学大学院紅野研究室  , 5  , 33-44  , 1977/04   

概要(Abstract) ゾライズムの影響下にあった荷風初期の『地獄の花』をめぐって、人物形象や表現の特性を分析することによって、文学思想としてのゾライズムを初々しいかたちで体現しようとした荷風文学の出発点を意味づけようとした論考。(pp.P33〜44) 

備考(Remarks)  

1976  「仮装人物」ー〈作家気質といふやうなもの〉へむけてー  単著   
未踏  , 未踏文学会  , 10,11  , 16-19,14-19  , 1976/07   

概要(Abstract) 徳田秋声の長篇「仮装人物」に遍在する憂鬱と情熱の共存、その独特な表現を重視して、先行作品群「順子もの」との対比の中で微妙な創作意識の変化を具体的に追いつつ主人公と〈書き手〉の関係を分析し、さらに、あらわれてくる作品を前にした〈書き手〉と〈読み手〉の対峙を見据えつつ、秋声作品における「作家気質といふやうなもの」の読みとりを試みた論考。徳田(pp.16〜19、pp.14〜19) 

備考(Remarks)  

1975  小林秀雄における言葉の問題  単著   
近代文学研究と資料  , 早稲田大学大学院紅野研究室  , 1  , 50-61  , 1975/05   

概要(Abstract) 小林秀雄の批評の本質にかかわる問題として言語論を取り上げ、ヴァレリーやソシュール、サルトル、メルロー=ポンティなどの言語思想・文学思想との関わりにおいて考察することによって、小林の批評と文学論の中にある現象学的姿勢を根底的なものとして指摘した論考。言語論的観点から小林の批評的立場を追究した丸山静、亀井秀雄らの論を受けて、さらに対象を前にした個々の〈読み〉にこそ批評のはじまりを見いだそうとした論考。 

備考(Remarks)  

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