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学術論文
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年度
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論文題目名
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共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2001  聖霊による触発−三位一体の神による救いのフロント試論  単著   
日本カトリック神学会誌  , 日本カトリック神学会  , 12号  , pp.67-90  , 2001/07   

概要(Abstract) 本稿は、三位一体の神の人々に対する救いのわざの内、特に、人々に内在する聖霊の救いの機能を神から我々への「救いのための触発」すなわち「救いのフロント」として解明する。そのために、東方神秘思想の認識論において、通常聖霊を不可知と見なして、神のエネルゲイアのみを把捉可能とする教説に対し異論を提示し、さらに、現象学における意識の志向性と認識において不可避である対象からの触発という理解に示唆を得て、我々の信従の生活において顕わとなる救いの出来事にあって、三位一体の神から我々への救いのフロントとして機能する聖霊理解を展開する。 

備考(Remarks)  

2000  創造の神−エイレナイオス『異端反駁』第3巻の神論について  単著   
アカデミア人文・社会科学編  , 南山大学  , 72号  , pp.29-56  , 2001/01   

概要(Abstract) 本稿は、エイレナイオス『異端反駁』第3巻の創造神理解について論述する。ここにおける教父の論証法の特徴は、旧約と新約の両聖書が、唯一の創造の神また共に働く御子について、共通し一貫して証言していることを例証することである。このような論証法は、この教父一流の聖書霊感論あるいは使徒継承に働く聖霊の唯一性に根拠を持っており、同時に唯一の創造神の主張は、論敵であるグノーシス派やマルキオンの分別した創造神理解への反論となっていることを論証する。 

備考(Remarks)  

2000  神と人々との我々−三位一体の神による救いの現実についての一考察  単著   
南山神学  , 神言神学院  , 24号  , pp.45-76  , 2000/12   

概要(Abstract) 本稿は、東方神秘思想や古代教父神学、聖書などに確認できる信仰者の救いの経験、さらにM・ブーバーの思想や現象学の方法論などを批判的に反省し、それらから総合的に得られる神経験のあり方を聖書に啓示される「我々の神」また「我々と共にある神」という神理解および古代教父思想に観察される聖霊の救いのわざに関する洞察と関連づけ、それらの内的関係をいわば現象学的神学的に捉え直すことで、我々の救いの状況を三位一体の神と人々との我々、すなわち、神と人々との救いの交わりとして論述する。 

備考(Remarks)  

2000  聖霊のペルソナについて−ヘリベルト・ミューレンの聖霊論との対話  単著   
日本カトリック神学会誌  , 日本カトリック神学会  , 11号  , pp.99-131  , 2000/07   

概要(Abstract) 本稿は、ヘリベルト・ミューレンが『ペルソナとしての聖霊』で論ずる聖霊論を再吟味する。三位一体の神について、その神内在的関係を「我」としての父、「汝」としての子、その両者の「我々」としての聖霊とダイナミックに理解する点は評価されるが、歴史上啓示される聖霊のペルソナ性については、塗油また恩恵授与として聖霊の救済の役割に触れるものの、ペルソナとしての具体的イメージを構築するに至っていない点を批判する。試論として「人々の我々」にこそ聖霊のペルソナが立ち現れることを論証する。 

備考(Remarks)  

1999  人となった神の子−エイレナイオス『異端反駁』第3巻のキリスト論について  単著   
アカデミア人文・社会科学編  , 南山大学  , 71号  , pp.1-35  , 2000/03   

概要(Abstract) 本稿は、エイレナイオスの『異端反駁』第3巻のキリスト論を検討する。そこでは御子の受肉の真実性が主張され、処女からの誕生の意味するところが解かれて、再統合という救済神学が構築されている。これらのいずれのテーマにも御子の人間性または御子が肉体を取ったことについての議論が絡んでいるが、この事実は、裏を返せば、論敵のキリスト論に含まれる御子の人間性の誤解に対する批判が、本巻におけるエイレナイオスの反駁的論述の動機づけであることを明示している。 

備考(Remarks)  

1999  神の救済史的啓示−エイレナイオス『使徒的宣教の証明』を中心にして  単著   
南山神学  , 神言神学院  , 23号  , pp.79-112  , 1999/09   

概要(Abstract) 本稿は、「救いの歴史」という『啓示憲章』の表現を新しい啓示理解と評価する現代神学の立場に対して、古代の教父にある救済史的歴史観の見落としを指摘し、具体的には2世紀のエイレナイオスの要理教育的文書『使徒的宣教の証明』に展開される救済史的三位一体の神についての啓示理解を提示し、古代教父の思想的先行性および『啓示憲章』との思想的共通要素を指摘することにより異論を述べる。 

備考(Remarks)  

1999  公文書に見る宗教間対話とその課題−イスラームを契機にして  単著   
日本カトリック神学会誌  , 日本カトリック神学会  , 10号  , pp.129-187  , 1999/07   

概要(Abstract) 本稿は、日本の教会の諸宗教対話、特にイスラームとの積極的対話に寄与するため、第二ヴァティカン公会議の『諸宗教宣言』、その25年後の教皇庁諸宗教評議会・福音宣教省の『対話と宣言』、1998年「アジア特別シノドスの報告書」等の公文書を批判的に検討し、神学的側面から対話の可能性を提案し、課題点の指摘を試みている。例えば聖霊とグノーシスの再検討、救済史的三位一体論に基づく諸宗教の対話的仲介について述べる。 

備考(Remarks)  

1998  救済論の二相−反宇宙的理解と親宇宙的理解の衝突  単著   
南山神学  , 神言神学院  , 22号  , pp.31-51  , 1999/02   

概要(Abstract) 本稿は、グノーシス派の採る反宇宙的悲観論とエイレナイオスや聖書に確認できる親宇宙的楽観論の二つの異なる救済理解について論じる。両救済論の相違は宇宙理解の相違に基礎を置くが、伝統的立場に対して、「脱世界的救済論」を唱えるグノーシス派はこの世を否定し別の至高の神的世界を造り出すことで、彼ら選民に約束されたユートピアに希望を託す「霊的一元論」を唱えていることを論証する。 

備考(Remarks)  

1997  「三と言うな」−コーランのキリスト教的神理解批判について  単著   
南山神学  , 神言神学院  , 21号  , pp.81-96  , 1998/02   

概要(Abstract) 本稿は、「三位一体の神」がコーランにおいてどう理解され、批判されているのかを明示し、その立場の背景となる事情を指摘する。そのため、「三位一体」を指すコーランの「三」を含む本文およびその内実を描写する本文を批判的に検討する。結局、コーランでは「アッラー、マルヤム、イーサー」が「三」であり、キリスト教正統信仰に基づく「父、子、聖霊」の三位一体理解を継承しておらず、アラブ民族主義およびアラビアの多神教の批判的超克が背景にあることが確認される。 

備考(Remarks)  

1996  コーランのイエス像  単著   
南山神学  , 神言神学院  , 20号  , pp.25-41  , 1997/02   

概要(Abstract) コーランにおいてイエスがどのように理解されているのかを、コーランの中に用いられているイエスに対する「称号」やその「救いの役割」の検討によって明らかにするのが本稿の目的である。(1)マリアの子、(2)神の僕、預言者、神の使徒、(3)神の御言葉、神の霊力、メシア、(4)神性の否定、(5)十字架死の否定と再臨の予告などの諸点を論じた上で、キリスト教神学の立場からコーランのイエス理解に批判を加えている。 

備考(Remarks)  

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