研究者詳細

学術論文
分割表示 >>   全件表示

30 件中 1 - 30 件目

年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2009  オルバニー・プランの合衆国憲法体制形成における意義  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 33/3・4  , 181-230  , 2010/3   

概要(Abstract) 1754年「オルバニー・プラン」は植民地自治と特権に反するものとして、正式なものとして採択されず、本国においても同様のプランを作成する努力は実を結ばなかった。また、独立期の連合規約などが、完全に植民地のイニシアティブによるものであるのに対し、「オルバニー・プラン」はフランスの脅威とイロクォイ族の離反回避に対処するという、本国および植民地の両者共通の利益を推進する点で、後の憲法体制構築のための作業とはまったく異なる方向性を有していた。そして、全植民地が一つの連合または国としてまとまると同時に各植民地の自治を維持することが、共通の敵であるフランスの脅威を面前にしても、極めて困難であることを「オルバニー・プラン」の作成経過が明らかにしている。しかし、アメリカ独立前に連合プランを模索し失敗した事実が、連合規約と現行アメリカ憲法で集権的統治体制を構築するには、植民地自治の制限が重要であることを認識させた点にこそ、「オルバニー・プラン」が後の憲法体制に果たした意義が認められる。 

備考(Remarks)  

2009  受刑者の通信の秘密をめぐって  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 33巻2号  , 95-122  , 2009/12   

概要(Abstract) 受刑者の発信する信書に関して、信書検査を行うことが刑事収容法127条において認められる。同検査によって知るにいたった信書内容に基づき、当該受刑者の申請した訴訟上の救助について、刑務所は疎明資料を裁判所に提出したが、その違法性が認められた裁判例(東京地裁平成21年4月20日判決)の妥当性について、憲法21条2項「通信の秘密」との関連において検討する。 

備考(Remarks)  

2008  フランス人権宣言第10条における「信教の自由」の保障  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 32巻3・4号  , 183-216  , 2009/03   

概要(Abstract)  

備考(Remarks)  

2007  教会財産没収決議と国民議会審議における聖職者の地位−フランス人権宣言第10条「表現の自由」規定をめぐって−  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 31巻1・2号  , 163-191  , 2007/09   

概要(Abstract) フランス人権宣言第10条は、表現の自由と同時に、信教の自由を保障する規定であるが、その規定の仕方は非常に曖昧である。すなわち、「何人もその意見について、それが、たとえ宗教上のものであっても、その表明が法律の確定した公序を乱すものでない限り、これについて不安を持たないようにされなければならない。」このような規定となった理由を探るための前提として、なぜ、宗教の自由の保障が、表現の自由を保障するこの規定の中に一体として溶け込むようにしてしか規定されなかったのかを探求する必要がある。そのために、当時の国民議会における「フランス人権宣言」作成の議論の経過と内容を明確にし、第一身分である聖職者の地位および力が、議論の中で弱体化したことが一つの要因であったとする。 

備考(Remarks)  

2006  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性−(六・完)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 30巻1号  , 1-32  , 2006/11   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われてきた。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により、当初から一定の方向性に沿って作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks)  

2005  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性(五)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 29巻2号  , 57-122  , 2006/01   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われる。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks)  

2005  陪審制の起源と発展  単著   
比較憲法学研究  , 比較憲法学会  , 17号  , 1-28  , 2005/09   

概要(Abstract) わが国の司法制度改革の柱の一つとなる「裁判員制度」は、他国の陪審制および参審制をもとにして構築された。したがってその源となる「陪審制」の起源および発展を探究し、その根本的な意義―自由主義的・民主主義的意義―を究明し理解することこそ、わが国に「裁判員制度」を定着させ、それが期待される役割を果たすためには重要である。 

備考(Remarks)  

2004  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性(四)  単著   
南山法学  , 南山法学会  , 28巻1号  , 35-72頁  , 2004/08   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われる。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks) 継続中 

2003  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性(三)  単著   
南山法学  , 南山法学会  , 27巻4号  , 49-75頁  , 2004/03   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われる。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks)  

2002  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性(二)  単著   
南山法学  , 南山法学会  , 26巻1号  , 63-107頁  , 2002/11   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われる。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks)  

2001  フランス人権宣言の起草過程に関する一考察−その独自性と統一性−(一)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 25巻3号  , 1-29頁  , 2001/12   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は,国民議会における妥協の産物として,モザイク的な文書であると言われる。しかし実は,「三十人委員会」を中心とする一部革新的貴族の議会戦術により作成されたものであり,アメリカの権利章典の影響や他の多数の派をよせ集めたものでなく,独自かつ統一性を有するものであることを,議事録の分析により示す。 

備考(Remarks)  

2000  トーニー・コートの虚像と実像――州主権主義と人種偏見――  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 24巻1号  , 1-140  , 2000/07   

概要(Abstract) 1837年に始まるトーニー・コートは、1847年「ライセンス判決」、1849年「パッセンジャー判決」などにおいて、表向き連邦権限を抑制しながら州権限を拡張し、州における革新的な経済政策を支持する判決を出し、高い評価を得たが、これら州権限を拡張する考えは、南部における奴隷制維持を認める1857年「ドレッド・スコット判決」に結実する。これは、トーニー長官の人種偏見に基づくものであり、州主権を認める立場はそのために利用されたことを論証する。 

備考(Remarks)  

1995  解散権の限定と国民投票導入による国政の民主化(一)(二)(三・完)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 18巻1号,2号,4号  , 39-62,1-28,121-  , 1995/03   

概要(Abstract) 内閣により過去16回行われた(1995年時)衆議院解散のうち、憲法69条に該当し解散となったのは4回のみで、他の12回は7条3項に基づくものであった。しかし7条は天皇の国事行為を定めた規定であり、これを根拠とするのは解釈の行き過ぎであろう。このような観点から、解散権を69条の場合に限定して可能と理解した上で、7条の任意解散と同じ効果を創出するために、勧告的効力の国民投票導入を提案する。 

備考(Remarks)  

1992  ジェイムズ・マディソンの憲法修正案提出をめぐって−修正に対する思考の変遷−  単著   
法政理論  , 新潟大学法学会  , 25巻4号  , 300-329  , 1993/03   

概要(Abstract) 1787年の合衆国憲法制定議会にヴァジニアの代表の一人として出席したマディソンは、その二年後の第一回連邦議会において修正案を提出している。憲法に権利章典を付加する修正が必要であると、憲法制定直後に考えるに至った理由を、マディソン自身の連邦議会等での議論、および、同僚たちとの間に交わされた私信を資料として検証し、権利章典自体の必要性よりも政治的意図が大きく働いていたことを明らかにする。 

備考(Remarks)  

2014  フランスにおける受刑者人権保障と刑務所監視体制  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 38巻2号  , 199-240  , 2014/12   

概要(Abstract) フランスにおける刑務所監視体制の歴史的展開および現状を明らかにし、わが国の監視体制に対する示唆を得る。古くは1970年代から「共和国斡旋員」が監視の職務を担ったが、21世紀になってからEUの拷問防止委員会や欧州評議会等が、拷問等禁止条約・その選択議定書などの実効性を問題にするようになり、フランスでは2007年に自由剥奪施設総合監視官、2011年には憲法改正を経て権利擁護官が設置され、特に前者は刑務所のような身体的自由を奪う施設に収容される者たちの人権状況の監視等を行っている。これら監視機関の共通点は、その機関が他の政府機関から独立している点、年次報告書作成・提出権および改善のための勧告権を有することである。わが国で2006年以後設置されるようになった刑事施設視察委員会は、法務省内部の組織であり独立性を欠き、その他の調査権限や勧告権も極めて限定的かつ脆弱なものでしかない。
 

備考(Remarks)  

2013  イギリスにおける受刑者人権保障と刑務所監視体制  単著   
南山法学  , 南山大学  , 36巻3・4号  , 333-383  , 2013/09/25   

概要(Abstract) イングランドおよびウェールズにおける刑務所監視体制のあり方を、歴史的に概観するとともに、現在どのような監視機関が設置されているか、その概要を明らかにし、そのような監視機関の必須の要件が、独立性および透明性であることを明確に示す。また、それとわが国の監視体制との比較によって、わが国の体制の今後のあり方について、示唆を得る。すなわち、15世紀末のチューダー朝から始まるイングランドの刑務所監視は、19世紀半ばまで、治安判事による「治安判事訪問委員会」が実施していた。その後、1895年のグラッドストーン委員会調査によって、地域住民に開放された形の「訪問者委員会」が設置され、1971年の裁判所法改正時には、「治安判事訪問者委員会」が廃止される。この間に「刑務所査察局」および「刑務所および保護観察オンブズマン」が誕生していたが、その他にも、2003年には、各刑務所にその地域の市民で構成される「独立監視委員会」(全、約150委員会、1850人)が設置された。また、それら委員会を組織としてまとめるために同年、「国家評議会」が設置された。これらの委員および評議会委員はすべて無給ボランティアである。その背景にある考え方は、そのようにボランティアであるがゆえに、刑務所を含む政府行政機関から完全に独立的な立場で監視を実施することが可能となるというものである。これら「独立監視委員会」および「国家評議会」は、いずれも、2002年に国連で採択された「拷問等禁止条約選択議定書」を2003年にイングランドおよびウェールズが批准したことに起因する。同議定書はその前文および第17条において、拷問等の非人道的残虐行為が発生しないよう防止することが重要であるとした。そのために「拷問等禁止条約」は、国連に拷問等禁止委員会を、同時に選択議定書は締約国に国内防止機関の設置を義務付けたのである。これを受けてイングランドおよびウェールズは、「独立監視委員会」および「国家評議会」を設置した。一方、わが国では2006年に市民で構成される「刑事施設視察委員会」が全国77の刑務所に設置されたが、その独立性や公開性には限界があり、「拷問等禁止条約」および「拷問等禁止条約選択議定書」の趣旨を早期に理解し選択議定書を早期に批准し、受刑者人権保障のために必須と考えられている世界標準の国内防止機構に一刻も早く改良することが期待されている。 

備考(Remarks)  

2011  カナダにおける受刑者人権保障と連邦刑務所監視体制-矯正捜査局(OCI)の機能を中心に-  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 35/2  , 107-136  , 2012/2   

概要(Abstract)  カナダ連邦法務省矯正局(Correctional Service Canada)が管轄する刑事施設における受刑者処遇の適切性は、どのように監視されているのか。内部におけるチェックはわが国においても矯正局内部の監査等により実施されるが、カナダには、それに加え、独立の政府機関であるThe Office of the Correctional Investigator(OCI)(矯正捜査局)が存在し、矯正捜査官(の長)は、議会の承認に基づきカナダ総督によって任命される。独立した機関としての観点から、捜査権を持って情報収集および調査をし、議会に対して、年に最低1回の年次報告書を作成し提出することで、議会および国民に対して、矯正局の課題や刑務所の課題について明らかにし、また、法改正を伴いうる改善に向けて勧告をする機能を担っている。
 本稿では、このOCIが1973年に設立された経緯および法的な根拠とその認められる権限、さらに実際にこれまで取り扱った具体的な事件とその解決の内容等について、典型的なものに焦点を当てて考察し、今後のわが国における刑務所監視のあり方の一つのモデルとして評価することができるのではないかという結論を導く。 

備考(Remarks)  

2011  カリフォルニア州の刑務所監視体制と受刑者の人権に関する考察-2007年の刑務所・行刑改革による更生監視委員会(C-ROB)を含む-  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 34/3-4  , 183-208  , 2011/03   

概要(Abstract) カリフォルニア州における2007年以来の刑務所改革の重要な特徴は、受刑者のスムーズな社会復帰を促進することと同時に、行刑に対する監視体制の強化を関連付けることであった。その目的を達成するために新設された監視機関が、更生監視委員会(C-ROB)であったが、その特徴は、矯正更生局職員以外に外部からの専門家を入れ、かつ公開で会議年に2回行い、年に2回の報告書を州議会に提出し、透明性を高めている点である。我が国の今後の行刑監視に対する示唆は大きいと思われる。 

備考(Remarks)  

2010  カリフォルニア州の刑務所改革に関する考察-2007年州議会下院法案900とその実現-  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 34/2  , 159-206  , 2011/2   

概要(Abstract) 刑務所の過剰収容状況が悪化し、収容率が200%にもなっているカリフォルニア州で、2007年に下院法案(AB900)が可決された。その後、急ピッチで、法案の実現に向けて、準備か整えられているが、今回の刑務所改革は、53,000人のベッド数を確保し、過剰収容を解消するのと同時に、多くの矯正プログラムおよびリエントリー・プログラムを含むものであった。単なる収容から、矯正による社会復帰の促進を目指す改革の内容を検討し、我が国の刑務所改革に対する示唆を探る。 

備考(Remarks)  

2000  フランス人権宣言とアメリカ権利章典の相互影響に関する一考察(一)(二)(三)(四・完)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 22巻2,3,4号,23  , 25-54,65-98,37-  , 2000/03   

概要(Abstract) 1789年フランス人権宣言は、アメリカの各邦憲法に示された権利宣言の影響のもとにできあがったものだ主張するドイツ人学者イェリネックと、それを論駁するフランス人学者ブトミーの議論を手がかりに、その後のフランス・アメリカ両国におけるこの点に関する議論をつぶさに検討することにより、アメリカ各邦権利宣言およびフランス人権宣言制定当時存在した、ヨーロッパとアメリカの思想交流を突き止める。 

備考(Remarks)  

1999  マーシャル・コートとトーニー・コート−契約条項解釈の変化と州権限−  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 23巻1・2号  , 89-109  , 1999/10   

概要(Abstract) アメリカ合衆国初期の1801年から1835年までのマーシャル・コートは1819年「ダートマス大学判決」において、合衆国憲法第1条10節1項「契約条項」を拡張解釈して連邦権限を拡張しようとしたのに対し、1835年から1864年までのトーニー・コートは1837年「チャールズ・リバー・ブリッジ判決」において、同条文を厳格解釈すして連邦権限を縮減し州権限を拡大しようとしたことを明らかにし、「契約条項」が連邦憲法体制において果たした役割を考察する。 

備考(Remarks)  

1996  アメリカ合衆国連邦制の形成−修正第10条の制定まで−(一)(二・完)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 19巻3号20巻1号  , 45-79 23-57  , 1996/06   

概要(Abstract) 合衆国憲法修正一〇条に規定されている連邦制の規定は、その起源を植民地自治に有する。つまりイギリス本国との抗争から形成された連合規約および大陸会議の体制に基礎は存する。しかしその後、連合規約の欠陥が明らかになり、より中央集権的な憲法を作る必要性が唱えられたが、実際に憲法が成立した後にすぐに修正が唱えられ、修正一〇条が規定される。その経過を憲法制定議会および第一回連邦議会の議論を分析し実証する。 

備考(Remarks)  

1993  合衆国憲法修正第5条,6条の制定過程  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 17巻2号  , 1-63  , 1993/09   

概要(Abstract) アメリカ合衆国の基本的人権の一つとされる陪審裁判を受ける権利が、最終的に現在見られるように、憲法修正5条・6条に規定されるに至った経緯を検証する。まず、独立当時の各邦憲法における規定がいかなるものだったかを概観し、その後第1回連邦議会で審議された各邦提出修正案およびマディソン提出修正案を検討する。さらに、その後の議会審議を順次検証し、同権利が憲法の基礎として規定された意味を明らかにする。 

備考(Remarks)  

1992  自己負罪拒否権の歴史的展開−合衆国憲法修正5条の意義−(一)(二・完)  単著   
法政理論  , 新潟大学法学会  , 24巻2号25巻1号  , 153-209 124-19  , 1992/08   

概要(Abstract) 陪審裁判を受ける権利を保障する合衆国憲法修正第 5条において、同様に重要な権利として保障される自己不在拒否権の源が、イギリスのジョン・リルバーン事件に存在すること、そして、その権利が植民地時代にアメリカに継受され、各邦憲法に規定され、そして最終的に同修正条項条文に盛り込まれた経緯を、憲法制定議会の議事録および第一回連邦議会の議事録を用いて、検証する。 

備考(Remarks)  

1990  独立革命とアメリカ刑事陪審  共著  326/536/A 
『近代刑事法の理念と現実』所収  , 立花書房  , 348 pp. (75-10  , 1991/02   

概要(Abstract) 1789年フランス革命とともに誕生した近代刑事法の基礎理念が、その後イギリス、アメリカなど各欧米諸国に波及し発展していく。その過程を時代を追いつつ明らかにしていくのが本書の全体的課題である。まず、フランス革命期に誕生した刑事法基本理念の提示が行われる。その後それが各地で受容されていく経過を見、さらに現代においてどのように理念の転換がなされたか、そして現実はいかなるものかを検証する。 

備考(Remarks)  

2006  Reforming Administration of Prisons in Japan  単著   
Saskatchewan Law Review  , University of Saskatchewan, College of Law  , Vol.68/02  , 143-158  , 2006/05   

概要(Abstract) 2001-02年にかけて数度にわたって名古屋刑務所において発生した刑務官による特別公務員暴行凌虐致死傷罪事件の一因を、110%を超える過剰収容と過度の規律による当事者間の軋轢に求めるとともに、同事件をきっかけに発足した行刑改革会議の提言(2003年)と新法(「受刑者等の処遇と刑事施設収容法」)を分析し、かつ透明性確保の実効性を課題とする。 

備考(Remarks)  

2005  Brown v. Board of Education: Its Continuing Significance  単著   
Nanzan Review of American Studies  , Center for American Studies  , vol. 26  , 27-41  , 2005/10   

概要(Abstract) アメリカの人種差別政策を廃止へと決定的に方向付けたのが、1954年のアメリカ最高裁判所判決、ブラウン判決であった。この判決の50周年を機に、同判決に対する再評価が行われ、否定的な見解がいくつも公表された。たとえば公民権運動はすでに開始されており、同判決は単に社会に暴力を巻き起こし、公民権運動の進展を妨害した、などである。しかし、南部において「分離すれど平等」の原則が社会の隅々に行き渡っているなかで、同原則を正面から否定し「分離自体不平等」と判決で明言したことは、人種政策を根本から覆し、人種による不平等扱いを法において禁止し、さらに社会の事実的差別も排除する重要なきっかけをも作った点において、正当に、肯定的に評価されるべきである。 

備考(Remarks)  

1996  James Madison, Father of the American Bill of Rights  単著   
Nanzan Review of American Studies  , Center for American Studies  , Vol.16  , 24-55  , 1996/04   

概要(Abstract) アメリカ権利章典の父といわれるジェイムズ・マディソンは、連邦憲法が制定された1787年当時、権利章典の憲法付加には強く反対していた。その理由は、そこから漏れた自由・権利は保障されていないという反対解釈の余地を残すからだ。ところが後に、彼はアンタイ・フェデラリスト達から様々な圧力を受け、最終的には自らの修正案を作成し、議会に提案したのである。その経緯を、私信と議会議事録を用いつつ検証する。 

備考(Remarks)  

2016  「受刑者人権に関するアメリカ憲法修正8条の議論の展開と更生プログラムに対する憲法上の権利」(2016)  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 39巻3・4号  , 151-225(75頁)  , 2016/6   

概要(Abstract) 憲法に保障される受刑者の人権をめぐる研究の一環として、本稿は、アメリカ合衆国憲法修正8条の「残虐で異常な刑罰」の規定の理解と解釈の変遷について、諸判決を研究することで明らかにした。懲役刑執行により受刑者の人身の自由を奪い収容する間、刑事収容施設においていかなる処遇を受けるかは、各国の制度の違いにより、大きく異なる。しかし、近代憲法においては、およそ「残虐な刑罰」は禁止されており、わが国も憲法36条において、またアメリカにおいては修正8条においてほぼ同様に規定されている。また人身の自由を奪うことによる刑罰の目的も近代諸国においてはほぼ同様であり、一定の不自由という刑罰の執行による制裁と更生および社会復帰である。しかし、その目的に適合的でない処遇しか得られない場合に、受刑者は救済を求めて憲法上何を頼りにするべきか、またどのような場合に憲法違反とされうるのか。この課題について、アメリカの修正8条の議論とそれをめぐる判例を検討することで、一部下級審および学説において、その目的に適合的な処遇プログラムを有さないこと自体を「残虐な刑罰」に該当するとするものがあることを検証し、わが国の今後の議論の参考にした。 

備考(Remarks)  

2015  大井造船作業場(松山刑務所構外泊込作業場)50年の歴史とその役割ーわが国唯一の開放的処遇施設と社会的包摂ー  単著   
南山法学  , 南山大学法学会  , 38巻3・4合併号  , pp.453-483  , 2015/07   

概要(Abstract) わが国唯一の、刑務所の開放的処遇施設として知られる大井造船作業場は、シベリア抑留経験を有する松山出身の実業家、坪内寿夫が、松山刑務所長、後藤信夫や東京都副知事、住田正一との出会いを通じて、その志を、自らが経営する現・新来島どっく(株)において、受刑者を作業員として勤務させ、彼らに仕事のやりがいを教えることで、更生に貢献しようとしたことに始まる。その発想と行動力および坪内の志を明らかにする。 

備考(Remarks)  

Page: [<<PREV] [1] [NEXT>>]