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学術論文
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NeoCILIUS
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掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2016  バリ宗教の合理化論をめぐる再検討―ギアツからヴェーバーへ  単著   
文化人類学  , 日本文化人類学会  , 81(2)  , pp. 302-311  , 2016/09   

概要(Abstract) 本稿は、ギアツの論考「同時代のバリにおける「内在的改宗」」に示される宗教合理化論を、ヴェーバーの宗教合理化論と対比させ、合理化論の彫琢可能性をバリを事例に探求しようとするものである。中心となる論点は、ある視点での合理化が別の視点では非合理化でありうるという契機に注目することで、ヴェーバーの合理化論の豊かな可能性を引き出す解釈の方向性を探求することにある。ギアツの合理化論の理論的外延を明確にしつつ、合理化概念の別様の可能性を明らかにすることが、この論考のおもな射程である。 

備考(Remarks)  

2016  ヴェーバー合理化論の基盤認識と人類学――客観性・因果連関・歴史の叙述  単著   
アカデミア 人文・自然科学編  , 南山大学  , 12  , pp. 1-21  , 2016/06   

概要(Abstract) 本稿は、マックス・ヴェーバーの合理化論の基盤にある解釈学的認識を明確にし、これを人類学とくにクリフォード・ギアツの解釈人類学と対比し、両者の共通性を再確認しようとする試論である。管見のかぎり、彼らの解釈学的認識の具体的な関係性を整理した先行研究は存在しない。本稿は、両者の共通性を、おなじく解釈学的な問題関心を共有する立場から、検証しようとするものである。 

備考(Remarks)  

2012  シミュラークルと沈黙の記憶――バリ島の観光地ウブドの絵画をめぐって  単著   
人類学研究所 研究論集  , 南山大学人類学研究所  , 1  , pp. 181-200  , 2013/03   

概要(Abstract) インドネシアのバリ島の観光地ウブドにおける絵画を取り上げ、物質文化と社会的な記憶との関連について論じたものである。ウブドの絵画について、マクレイによる先行研究があるが、その議論を再検討し、バリ芸術がシミュラークルとしての特徴をもつとともに、語りえない沈黙の記憶を語っているのではないかとする解釈を提起する。 

備考(Remarks)  

2011  反観光論に向けてのプロレゴメナン  単著   
アカデミア人文・自然科学編  , 南山大学  , 3  , pp. 175-198  , 2012/01/30   

概要(Abstract) 観光研究は、政策論や経営工学の立場を中心としているが、人類学や社会学においてもひとつの下位領域を構成しつつある。しかしながら、実学志向的な観光研究全体の中において、観光がもたらす負の側面に着目した一部の人類学的観光研究が占めるべき位置づけは、かならずしも明確になっているとはいえない。本稿は、今日の人類学的観光研究の向かうべき方向性のひとつを「反科学」にあるとみなし、反科学としての観光論の基本的な論点整理を試みたものである。 

備考(Remarks)  

2010  バリ島のエコツーリズムの逆説  単著   
島嶼研究  , 日本島嶼学会  , 第11号  , 35-43  , 2011/03   

概要(Abstract) バリ島の文化観光についてはすでにおおくの議論があるが、自然観光について論じた研究はほとんどない。この論考は、人類学的な参与観察とインタヴューに基づき、バリ島のエコツーリズムの現状について暫定的な総括を行ったものであり、大衆観光型の開発と結び付いたエコツーリズムが、バリ島の環境破壊をもたらしていく危険性が高いことを指摘するものである。 

備考(Remarks)  

2010  世界の夜明けのたそがれ−楽園観光地バリの明と暗−  単著   
アカデミア(人文・自然科学編新編)  , 南山大学  , 1  , 1-30  , 2011/01   

概要(Abstract) インドネシアのバリ島は、世界に数ある楽園イメージを売り物とした観光地(楽園観光地と呼ぶことにする)のひとつである。この論文では、楽園観光地バリの形成過程と現状を、楽園らしからぬ一面にも目配りしながら記述する。近年のバリ研究は、陰りの見えつつあるバリ観光の現状をやや悲観的な観点からとらえようとする傾向がある。ただ、こうしたバリの現状は、インドネシア通貨危機やクタでの爆弾テロ事件などによる危機が顕在化する以前の、スハルト時代からの観光開発の負の側面が顕在化したものだと理解することができる。論文では、オランダによる植民地支配以前にさかのぼり、「楽園」のイメージで捉えられたバリの観光化の軌跡をあらためて振り返り、現状の把握へとつなげ、議論を整理する。 

備考(Remarks)  

2008  バリ宗教と人類学−人類学的解釈学の探究  単著   
(学位論文)  , 268(A4)  , 2008/05   

概要(Abstract) バリ宗教と人類学的研究との相互規定的な関係性について論じた『バリ宗教と人類学−解釈学的認識の冒険』に、理論面および民族誌的記述面での加筆・修正を施して、学位論文としたものである。 

備考(Remarks) 大阪大学大学院人間科学研究科博士論文 

2006  文化というまなざし−人類学的文化論覚書−  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 84号  , 43-126  , 2007/01   

概要(Abstract) この論考は、20世紀後半における文化人類学の主要な理論的立場や議論を整理していくことによって、「文化」概念の可能性と限界について考察したものである。文化を象徴とみなす視点が確立され、ここから構造主義、解釈人類学、ポストモダン人類学などの立場が成立していったことを論じた上で、今日の人類学が、一方では文化を体系だったものとみなす視点と、他方では文化を断片化し脱構築しようとする視点という、対照的な2つの視点が並存する状況にあることを確認し、あらためて文化概念がひとつの文化であることを再帰的に捉え議論する方向性の必要性を明確にする。 

備考(Remarks)  

2003  バリ島ウブドの日本人店舗(2)−爆弾テロ事件以降の出来事をめぐる覚書−  単著   
人類学研究所通信  , 南山大学人類学研究所  , 第12号  , 14-25  , 2004/03   

概要(Abstract) この論考は、バリ島の1観光地ウブドにおける日本人(国籍変更を果たした元日本人も含む)が営む店舗ビジネスの特徴について論じる主論文「バリ島ウブドの日本人店舗」を補遺するものであり、具体的には、2002年10月のバリ島爆弾テロ事件後の観光不振が、彼ら日本人たちのビジネスとその心理に与えた影響について、備忘録的に記述したものである。 

備考(Remarks)  

2003  民族誌論覚書−20世紀人類学のパラダイムと民族誌−  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 第77号  , 1-79  , 2003/06   

概要(Abstract)  フィールドワークをおこない民族誌を記述するという作業は、文化人類学にとって必修の手続きであり、この学問の方法上の柱でもある。しかし今日ではこうした作業にさまざまな問題点が指摘されている。この論考は、今日の人類学のおかれた社会状況にも触れながら、「民族誌」という方法の成立とその後の展開を、人類学の主要な方法論的枠組の変遷と絡めて押さえ、「民族誌」という方法の特性を学説史的な観点から整理したものである。 

備考(Remarks)  

2001  「バリ宗教」の誕生−植民地統治下における宗教表象枠組の素描−  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 73号  , 89-141  , 2001/06   

概要(Abstract) 戦後のバリ宗教については、バリ人自身がこれを一神教として捉える理解枠組を構築してきたのにたいして、人類学者や外国人観光客の側はそうしたバリ人側の宗教理解枠組を十分視野に入れず、オリエンタリスティックな戦前以来の多神教的な理解を温存させあるいは強化させてきた、という問題がある。こうした異文化理解に関わる重大な問題の起源は、20世紀前半の植民地時代にあるといってよい。この論文では、さしあたりオランダによる植民地体制の確立までの経過を追いながら、バリの植民地化に関わる主要な出来事に関連して垣間見える、バリ側とオランダ側との認識のずれを整理するとともに、オランダ側の主導する文化政策のもとに「バリ宗教」という理解枠組がバリにおいてたちあがる前後の状況を、近年の歴史人類学的バリ研究の成果を整理することによって、記述しようとする。 

備考(Remarks)  

1999  マトゥル・バンタン−バリ島のヒンドゥーの供物と儀礼−  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 70号  , 311-345  , 1999/09   

概要(Abstract) バリ人の宗教生活の実質は多彩な供物を用いた種々の儀礼活動にあるといえる。この論文では、バリ島の1地域における筆者の観察をもとに、主要な儀礼活動の概略を記述するとともに、多様な儀礼にほぼ一貫して見出される構造パタンを抽出する。そして儀礼実践が近年人々に浸透しつつあるヒンドゥーイデオロギーと微妙なもたれあいの関係にあることを指摘し、宗教実践と宗教観念の相互作用関係を注意深く理解しようとする視線から、儀礼にいそしむ現代バリ人の宗教生活を理解しようとすることが必要であることを指摘する。 

備考(Remarks)  

1998  現代バリ島の方位認識と象徴分類  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 68  , 1-19  , 1998/09   

概要(Abstract) バリ文化における方位観・象徴分類の重要性は、従来のバリ研究においても論じられている。しかしながらこの方位観を近年の宗教変容との連関で論じた研究は存在しないといってよい。この論文は、筆者の収集したデータに基づき、方位認識を現代の社会的脈絡に位置づけ、宗教的知識の一部として理解するとともに、方位観がコスモロジーとしての一面だけでなく、イデオロギーとしての一面をももっていることを指摘する。 

備考(Remarks)  

1995  ムスポ−バリ島のヒンドゥーの祈り−  単著   
人類学研究所通信  , 南山大学人類学研究所  , 3・4  , 2-12  , 1995/04   

概要(Abstract) 戦後のバリでは、一種の宗教改革運動の影響を受けて、人々の宗教生活にかなりの変容が見受けられるようになっている。とくに一神教的神観念の浸透と、神への祈り(ムスポ)の重視という点は、この改革運動の影響力を如実に物語る点である。この論文では、筆者の収集した民族誌的データに基づき、現在のバリ宗教における祈りという行為と、この行為を背後で支える神観念について記述し、そこに見られるいくつかの特徴を指摘する。 

備考(Remarks)  

1994  表層の遊戯−バリの闘鶏に関するもうひとつの解釈−  単著   
南方文化  , 天理南方文化研究会  , 21輯  , 70-85  , 1994/11   

概要(Abstract) バリの闘鶏は、「深層の遊戯」という形容とともに、文化人類学ではよく知られた民族誌的現象である。しかし筆者が見聞する限り、今日の闘鶏のあり方は50年代の調査に基づいた従来の研究が提示する姿とはかけ離れたものであり、ある意味ではこれと対照的な特徴を示すものである。この論文では、90年代のバリの1地域における闘鶏の姿を筆者の収集したデータに基づいて記述するとともに、既存の闘鶏解釈がはらむ問題点を整理する。 

備考(Remarks)  

1993  バリ島の暦とワリゴ  単著   
歴史と構造−文化人類学的研究−  , 南山大学大学院文化人類学研究室  , 22  , 19-30  , 1994/03   

概要(Abstract) バリには、複数の暦のシステムと、それらの暦に連関する、主に吉凶にまつわる知識(ワリゴ)がある。この論文では、バリ人の社会生活、とりわけ宗教生活にとってきわめて重要な意義をもつこの暦とワリゴについて、その基本的特徴をまとめるとともに、従来のバリの暦に関する研究が論じていない、暦に連関するいくつかの民族誌的事実を、筆者の収集したデータに基づいて指摘する。 

備考(Remarks)  

1991  現代バリ宗教の様相論−意味システムの複合性に関する予備的考察−  単著   
民族学研究  , 日本民族学会  , 56巻3号  , 297-307  , 1991/12   

概要(Abstract) 戦後のバリ宗教に関しては、宗教の合理化・近代化を論じる議論がある一方、逆に伝統の重視や伝統への回帰現象を論じる議論がある。これら2つの議論は、一見すると互いに相反する2つの現象を論じているように見えるが、実はおなじ事態がもつ別の様相を、それぞれ異なる理論的観点から論じているにすぎないといいうる。この論文では、意味の様相理論の立場に立って、こうしたバリ宗教の現状を再解釈し整理しようとする。 

備考(Remarks)  

1990  文化システムとしての祭礼−バリ島のオダランの意味構成−  単著   
南方文化  , 天理南方文化研究会  , 17輯  , 37-52  , 1990/11   

概要(Abstract) バリ島の寺院祭礼は、供物、儀礼的手続き、トランス、バロン・ランダ劇、影絵劇(ワヤン)、闘鶏などを主要な構成要素とする。これら構成要素は形態的にも意味論的にも地域によってきわめて多様なあり方を示すが、その一方でバリ語で「ラメ」と呼ばれる特定の価値観を実現したものであるという点で、互いに重なり合う意味論的特性をももっている。こうした寺院祭礼の多様性と意味論的統合性について考察する。 

備考(Remarks)  

1989  祭礼のモナドロジー−バリ島のオダランの解釈学−  単著   
文学研究科修士論文  , 南山大学  , 126p.  , 1990/01   

概要(Abstract) インドネシアのバリ島の宗教において、オダラン(寺院祭礼)はきわめて重要な儀礼である。しかし、既存の研究はオダランを構成する諸部分を主題化するにとどまり、オダランの総体を明確にしているとはいえない。この論文では、意味論の観点に立ってオダランの意味構成を分析・考察したものである。 

備考(Remarks)  

1988  ギァーツの宗教論ノート−現象学的観点から−  単著   
歴史と構造−文化人類学的研究−  , 南山大学大学院文化人類学研究室  , 17  , 23-34  , 1989/03   

概要(Abstract) クリフォード・ギアツは、独自の文化システム理論の観点から「宗教」の理論的定義を行っている。彼の議論は、人類学の宗教理論の中でかなり影響力をもっているが、そこには理論上・方法上いくつかの矛盾や不整合な点がある。その主要な問題点として、model ofとmodel forの概念、および「意味の問題」をめぐる論理的破綻につい て論じ、彼の宗教論の可能性と限界について整理する。 

備考(Remarks)  

1987  バリ研究と多様性:C.Geertzの村落論とJ.S.Lansingの現象学的モノグラフについて  単著   
歴史と構造−文化人類学的研究−  , 南山大学大学院文化人類学研究室  , 16  , 19-35  , 1988/03   

概要(Abstract) バリの文化・社会は地域毎にきわめて多様である。このバリの多様性は、バリ研究を進展させるひとつの契機であるとともに、何らかの一般化を阻むひとつのアポリアでもある。この論文では、バリの「多様性」を独特の理論的方法的観点から主題化した2つの研究を取り上げ、民族誌的研究における「多様性」問題の、解決ならぬ再生産について検討する。 

備考(Remarks)  

2015  地上の煉獄と楽園のはざま―沖縄本島南部の慰霊観光をめぐって  単著   
人類学研究所研究報告  , 南山大学人類学研究所  , 3  , 41-94  , 2016/03   

概要(Abstract) 本稿は、戦争直後の沖縄の苦難から、慰霊観光地化そして楽園観光地化という過程をあらためて振り返ることから、「危機と再生の人類学」について考察を試みるものである。結論では、危機と再生とは相互背反的なものではなく、同時に並走し共在しうること、より正確にいえば、危機の潜勢態としてのリスクは、再生と並行し、さらにいえば再生を内部に取り込みつつ深化しうることが、指摘される。なお、本稿は、観光と宗教の関係を合理化とリスク社会化という観点から捉える、筆者の中期的な研究の一環をなすものでもある。 

備考(Remarks)  

2015  楽園観光地の構造的特徴―シミュラークル、脆弱性、観光地支配  単著   
島嶼研究  , 日本島嶼学会  , 17/1  , pp. 1-20  , 2016/02   

概要(Abstract) 本稿は、バリと沖縄の事例を通して楽園観光について論じた拙書の論点を踏まえつつ、楽園観光という観光形態よりも、楽園観光地がもつ構造的な特徴を明確化することに向けた研究であり、島嶼において展開するこの種の観光地の基本的なメカニズムをまずは一般化して捉えることにより、事例研究への足掛かりを得ようとするものである。 

備考(Remarks)  

2009  観光地の発展と構造的ポジショナリティ−ゆんぬの島の民族誌的研究  単著   
島嶼研究  , 日本島嶼学会  , 9号  , 1-22  , 2009/09   

概要(Abstract) この論文は、観光地の発展ではなく、発展から低迷へと進んだ事例に焦点を当てて、観光が抱えるリスクについて検討したものである。ゆんぬの島(与論島の別称)は、沖縄が復帰を果たす以前、日本最南端の島だった。沖縄の復帰とそれにつづく海洋博の開催に前後する1970年代、与論はこの沖縄の観光開発を触媒とした空前の観光ブームに沸いた。しかしながら、やがて亜熱帯のビーチリゾートをもとめるおおくの観光客は、沖縄の本島・離島へ、そしてさらには国外に点在する楽園観光地へと向かうようになった。与論は、複合的な観光資源と観光サイトを抱える沖縄という観光圏の中に、イメージのレベルでは帰属しているが、組織的には十分なつながりを打ち立てるにはいたらず、観光地としての独自色をあらためて打ち出し顧客にアピールできないまま、低迷状態に陥ったといってよい。論文では、端的にいえば、奄美の中の与論ではなく沖縄の外の与論というこのポジショナリティ、つまりは与論観光の沖縄観光への従属的な関係性に焦点を当て、これが与論観光低迷の構造的な要因の中心にあることを論じた。 

備考(Remarks)  

1992  ギアツの文化システム論−その可能性と限界−  単著   
ソシオロジ  , 社会学研究会  , 36巻3号  , 21-36  , 1992/12   

概要(Abstract) 上記の論文でも触れた意味の様相理論の可能性を、クリフォード・ギアツの文化システム理論を批判的に再検討することで、理論研究の面から明確にしようとする。ギアツの文化システム理論には認識上理論上いくつか不整合な点が存在するが、それらの難点は「意味」概念を様相論的に再定式化する観点から、説明可能なものとなる。この点を論じ、ギアツの文化システム理論の可能性と限界を整理する。 

備考(Remarks)  

1996  現代バリ宗教の変容論  単著   
社会人類学年報  , 東京都立大学 社会人類学会  , Vol. 22  , 155-169  , 1996/10   

概要(Abstract) 既存のバリ宗教研究のおおくは、戦後のバリ宗教に生じている一種の改革運動をかならずしも重視せず、戦前・戦後を通じて基本的に変わらない「伝統的なバリ宗教」を描こうとしてきた。しかし今日、すくなくとも人々の宗教観念は確実に変貌を遂げており、この観念次元の変化を受けたかたちで行為面でもいくつかの変化や変化の兆しが観察される。こうした現代バリ宗教の変容の主要な点を、筆者の収集したデータに基づいて記述し、現状を考察する。 

備考(Remarks)  

1999  現代バリ宗教と祈り  単著   
アカデミア(人文・社会科学編)  , 南山大学  , 71号  , 143-167  , 2000/03   

概要(Abstract) 現在のバリ宗教において、祈りは一神教的神観念の浸透を端的に示す行為契機だといえる。とくに儀礼の脈絡から外れたところで行われる祈りを見れば、このことが明確になる。ところがこうした儀礼の外で行われる祈りに注目した研究はほとんどない。この論文では、現在のバリ人が儀礼以外のいかなる機会に祈るのかについて記述するとともに、バリ人の宗教生活の偏差の背景となる、現代バリ社会の構造的変容に触れ、宗教変容と社会変容というふたつの問題系を考察するための整理を試みる。 

備考(Remarks)  

1988  今日の祖名継承法−沖永良部島一村落に於ける「ナーチキ」をめぐって−  単著   
民族学研究  , 日本民族学会  , 53巻2号  , 214-228  , 1988/09   

概要(Abstract) 沖永良部島には、祖先の名にちなんだ名前を子どもにつける、ナーチキと呼ばれる習慣がある。この種の名づけの習慣は、従来「祖名継承法」として、構造機能主義的親族論の観点から論じられてきた。しかしナーチキの名前継承関係は、かならずしも構造機能主義の観点から整合的に説明されえない特徴をもつ。この点を明らかにし、ナーチキを当該社会の文化的価値観に位置づけるもうひとつの理解枠組の可能性について検討する。 

備考(Remarks)  

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