研究者詳細

学術論文
分割表示   全件表示 >>

39 件中 1 - 10 件目

年度
Year
論文題目名
Title of the articles
共著区分
Collaboration
   Classification
NeoCILIUS
   請求番号/資料ID
Request No
掲載誌名 Journal name,出版機関名 Publishing organization,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.,発行年月(日) Date
2016  「蘇軾詩注解(二十)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第101号  , pp.1-32  , 2017/1   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。運判朱朝奉の蜀に入るを送る(一八四七)、病中 夜 朱博士の詩を読む(一八四八)、趙徳麟 湖上に餞飲す。舟中 月に対す(一八四九)、趙徳麟が陳伝道を送るに和す(一八五〇)、朱遜之に贈る 幷びに引(一七九六)、上巳の日、二子迨・過と塗山・荊山に遊び、見る所を記す(一八五一)、徐仲車に次韻す(一八五三)、林子中が春日の新堤に事を書して寄せらるるに次韻す(一八五四) 

備考(Remarks)  

2016  「蘇軾詩注解(十九)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第100号  , pp.1-34  , 2016/6   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。洞庭の春色 幷びに引(一八三七)、路都曹を送る 幷びに引(一八三八)、陳履常が雪中に次韻す(一八三九)、二鮮于君 詩文を以て寄せらる。詩を作りて謝を為す(一八四〇)、趙徳麟が雪中に梅を惜しみ、且つ柑酒を餉るに次韻す(一八四一~四三)、陳伝道が「雪中の観燈」に和す(一八四四)、閲世堂の詩、任仲微に贈る(一八四五)、新渡寺に任仲微を送る(一八四六)
 

備考(Remarks)  

2015  「蘇軾詩注解(十八)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第99号  , pp.25-55  , 2016/1   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの(括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号)。西湖に小飲して欧陽叔弼兄弟を懐いて、趙景貺・陳履常に贈る(一八三〇)、蠟梅一首 趙景貺に贈る(一八三一)、王竦朝散が闕に赴くを送る(一八三二)、致政張朝奉に次韻し、仍りて招きて晩飲せしむ(一八三三)、閻立本の職貢図(一八三四)、王滁州が寄せらるるに次韻す(一八三五)、趙景貺詩を以て東斎の榜銘を求む。昨日都下より酒を寄せて来たると聞き、戯れに其の韻に和す。一壷を分かちて潤筆と作さんことを求むるなり(一八三六) 

備考(Remarks)  

2015  『蘇軾詩注解(十七)』  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第98号  , pp.1-28.  , 2015/6   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの(括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号)。劉景文が贈らるるに和す(一八二三)、劉景文が「雪」に和す(一八二四)、前韻を次ぎて劉景文を送る(一八二五)、屛山を以て欧陽叔弼に贈る(一八二六)、新渡寺の席上、趙景貺・陳履常が韻に次し、欧陽叔弼を送る。比來諸君唱和するに、叔弼但だ手を袖にして旁睨するのみ。別るるに臨んで、忽ち一篇を出だす。頗る淵明の風致有り。坐 皆な驚嘆す(一八二七)、趙景貺が「春思」に次韻し、且つ呉越の山水を懐う(一八二八)、陳履常が張公の龍潭に次韻す(一八二九) 

備考(Remarks)  

2015  「臨安の陸游 ‐都城の孤独‐」  単著   
『中国文學報』  , 京都大学中国文学会  , 第86冊  , pp.1-18  , 2015/10   

概要(Abstract) 南宋の陸游が当時の都である臨安において詠じた詩について論じたもの。臨安において彼が詠じた詩は、一部の例外を除けば、広く知られているものは比較的少ない。都城という場とそこに在るさまざまな事物に関して、彼の態度は総じて好意的ではなく、故郷山陰や蜀中における作に比べれば、臨安での諸作には総じて孤独感が漂っている。だがそうした諸作というのは、世に対する彼の認識の仕方を陰画のようなかたちで語っているともいえるのであり、更に仔細に見てみると、その時々に応じて都に対する認識自体も微妙に変化している。その軌跡を辿ることにより、世間から孤立することの多かった詩人の心情についての一つの理解を示した。 

備考(Remarks)  

2014  「蘇軾詩注解(十六)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第97号  , pp1-25  , 2015/1   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。欧陽叔弼訪わる。陶淵明が事を誦して其の絶識を嘆ず。既に去る。感慨已まずして此の詩を賦す(一八一六)、劉景文が至るを喜ぶ(一八一七)、雨を張龍公に禱りて、既に応あり。劉景文詩有り、韻に次す(一八一八)、劉景文が家に楽天の身心問答の三首を蔵す。戯れに一絶を其の後に書す(一八一九)、西湖にて戯れに作る(一八二〇)、欧陽季黙の闕に赴くを送る(一八二一)、前韻を用て雪の詩を作り、景文を留む(一八二二) 

備考(Remarks)  

2014  「蘇軾詩注解(十五)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第96号  , pp1-27  , 2014/6   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。
十月十四日、病を以て告に在りて独り酌む(一八〇八)、独り酌んで薬玉の滑盞を試みて、諸君子を懐う有り。明日は望夜なれば、月庭の佳景は失う可からず。詩を作りて之を招く(一八〇九)、欧陽季黙 油煙墨二丸を以て餉らる。各おの長さ寸許りなり。戯れに小詩を作る(一八一〇)、明日復た大魚を以て饋ることを為す。重きこと二十斤、且つ詩を求む。故に復た之れに戯る(一八一一)、趙景貺が檜を栽うるに和す(一八一一)、葉待制 先墳永慕亭の詩を求む(一八一三)、趙・陳と同に欧陽叔弼が新たに治むる小斎に過りて、戯れに作る(一八一四) 

備考(Remarks)  

2013  将軍と道士 ―陸游蜀中詩箚記―  単著   
南山大学日本文化学科論集  , 南山大学日本文化学科  , 第14号  , pp.1-15  , 2014/3/31   

概要(Abstract) 南宋の詩人陸游が八年間を過ごした蜀(現在の四川省)において、直接または間接的に関わりをもった人物の中で、北方の金朝との戦闘に従事した人物と道士とに着目し、その中の主要な人物(姚平仲・趙宗印・上官道人・老仙(名不詳)と宋道人)がどのように詩に詠じられているかを論じたもの。将軍と道士という存在は表面的には無関係に思われるが、陸游の詩の中では緩やかな繋がりがあり、無名の存在ともいえる彼らが、陸游が蜀を離れた後も彼の詩作の主要なモチーフの一つであり続けたことを指摘した。 

備考(Remarks)  

2013  「蘇軾詩注解(十四)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第95号  , pp.1-31  , 2014/01   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。
叔弼云う、履常は飲まず、故に詩を作らず。履常に飲むことを勧めよ、と(一七九八)、臂痛んで謁告す。三絶句を作りて四君子に示す(一七九九~一八〇一)、潁に到りて未だ幾くならざるに公帑已に竭きて、斎厨索然たり。戯れに作る(一八〇二)、景貺・履常 屢しば詩有りて叔弼・季黙が倡和を督す。已に許諾す。復た此の詩を以て之を挑む(一八〇三)、月長老に贈る(一八〇四)、次韻して銭穆父に答う。穆父 僕の汝陰を得たるを以て、杭・越酬唱の韻を用いて詩を作り寄せらる(一八〇五)、韓退之が孟郊の墓銘に云う、「以て其の詩を昌んにす」と。此を挙げて王定国に問う、「当に其の身を昌んにすべきか、抑そも其の詩を昌んにするか」と。来詩の語を下すこと未だ契わず、此を作りて之に答う(一八〇六)、欧陽推官が華州の監酒に赴くを送る(一八〇七) 

備考(Remarks) 山本和義、蔡毅、中裕史、中純子、原田直枝、西岡淳、担当部分:pp.13-22(10p) 

2013  「蘇軾詩注解(十三)」  共著   
『アカデミア』文学・語学編  , 南山大学  , 第94号  , pp.1-28  , 2013/06   

概要(Abstract) 中国宋代の詩人蘇軾の以下の作品について注解を施したもの。括弧内の数字は東北大学中国文学研究室作成『蘇東坡詩作品表』による通し番号。
九月十五日、月を観て琴を西湖に聴きて坐客に示す(一七八六)、復た次韻して趙景・貺陳履常が和せらるるを謝して、兼ねて歐陽叔弼兄弟に簡す(一七八七)、欧陽主簿が官に韋城に赴くを送る 四首(一七八八~九一)、潁に泛かぶ(一九九三)、六観堂老人の草書(一七九四)、劉景文が寄せらるるに次韻す(一七九五)、趙景貺が両欧陽に詩を督めて、陳が酒戒を破るに次韻す(一七九七) 

備考(Remarks) 山本和義、蔡毅、中裕史、中純子、原田直枝、西岡淳、担当部分:pp.12-18(7p) 

Page: [<<PREV] [1] [2] [3] [4] [NEXT>>]