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研究発表
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21 件中 11 - 20 件目

年度
Year
題目又はセッション名
Title or Name of Session
細目
Authorship
発表年月(日)
Date
発表学会等名称 Name, etc. of the conference at which the presentation is to be given, 主催者名称 Organizer, 掲載雑誌名等 Publishing Magazine,発行所 Publisher,巻/号 Vol./no.,頁数 Page nos.
2003  『エヴゲニー・オネーギン』第一歌における諸問題について  単独  2003/09/13 
21世紀COEプログラム「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」第35研究班「翻訳の諸相」第1研究班第 5回例会  , 京都大学大学院文学研究科   

概要(Abstract) Alexandr Pushkin. Eugene Onegin. Translated from Russian with a Commentary, by Vladimir Nabokov. (Princeton University Press, 1975) の第1歌、34連から48連について発表した。この部分の重要な点は、オネーギンもその伝統を引き継いでいる西欧ロマン主義における「憂愁」の主題と、作中人物プーシキンの登場である。さらに、ナボコフがプーシキンの英語及びフランス語能力についてくだした低い評価の信憑性を問題点とした。
 

備考(Remarks)  

2003  文献解題 Priscilla Meyer, “Lolita and Onegin”  単独  2003/03/22 
21世紀COEプログラム「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」第35研究班「翻訳の諸相」第1研究班第2回例会  , 京都大学大学院文学研究科   

概要(Abstract) 10.単独
Find What the Sailor Had Hidden (Middletown, CT: Wesleyan UP, 1988)の序章であるこの論考は、ナボコフの『ロリータ』をプーシキンの『オネーギン』のナボコフによるもうひとつの翻訳として読み解く、というきわめて独創的な論を展開する。『オネーギン』の翻訳では完璧な「逐語訳」をめざしたナボコフが、『ロリータ』では、19世紀のロシア文学における記念碑的作品『オネーギン』を1950年代のアメリカ文学の記念碑的作品の中に時空を超えて「意訳」を行ったとする。プーシキンは『オネーギン』において西欧文学の伝統をロシアの文化に同化させることに成功した。この論考では、ナボコフがその『オネーギン』をさらにアメリカの文化に同化させたことを様々な観点から論証している。
 

備考(Remarks)  

2001  シンポジア I 「言語遊戯の裏側で―メタフィクション再定義」  共同  2001/10 
日本アメリカ文学会第40回全国大会  , 岩手大学   

概要(Abstract) 9.「言語遊戯の裏側で―メタフィクション再定義」
シンポジア I 「言語遊戯の裏側で―メタフィクション再定義」〓報告者:長澤唯史(司会)、三浦玲一、中田晶子、和田忠彦。〓60年代から70年代のアメリカ文学を席巻したメタフィクションは、美学的概念の革新と考えられ、当時の若者の「反逆精神」の共感を呼んだ。その後文学の政治性を問う新歴史主義の時代が訪れると、メタフィクションはその美学的な面から無視されることになる。このシンポジアムでは、メタフィクションを現在の視野から読み直し、位置づけし直す。 中田報告「Vladimir Nabokovのディストピア小説」: ナボコフはボルシェヴィキ革命によって祖国と母語を失い、ファシストに父を、ナチスに弟を殺害され、生涯亡命者として生きた作家である。一方で彼は自己の作品を政治や社会の問題と関連づけることを断固拒否し続けた。独裁国家を舞台としたいくつかの作品を、そのメタフィクション性から改めて読み解く。
 

備考(Remarks)  

1999  ナボコフ生誕100年記念シンポジアム ナボコフの短編を読む――“Spring in Fialta”を中心に  共同  1999/05 
日本ナボコフ協会発足大会   , 東京大学   

概要(Abstract) アメリカ文学者、ロシア文学者のそれぞれの視点からポリグロット作家ナボコフの短編について考える。報告者: 諫早勇一(司会)、若島正、中田晶子、毛利公美。中田報告:“Spring in Fialta”の語り手Victorをナボコフ小説世界の「失敗する読者」として位置づけ、彼の読みの失敗がもたらしたものを探る。

 

備考(Remarks)  

1999  Four Lolita’s  単独  1999/04 
日本アメリカ文学会中部支部第16回大会  , 名古屋大学   

概要(Abstract) ナボコフの小説『ロリータ』(1955/1958)、彼がStanley Kubrickの映画のために書き、実際にはほとんど使われなかった映画用脚本(1961/1974)、キューブリックの映画『ロリータ』(1962)とAdrian Lyneの映画『ロリータ』 (1996/1997)について比較しながら考察する。pedophiliaの問題にこの小説と2つの映画がどのように関わっているのか、また特にラインの映画の制作とマスメディアに見られる受容にその問題がどのように表れているのかを考える。
 

備考(Remarks)  

1995  越境と複数性――ナボコフのロシア  単独  1995/04 
名古屋大学英文学会第34回大会  , 名古屋大学   

概要(Abstract) ナボコフにとってロシア語から英語への移行ははたしてどのような意味を持っていたのか、様々に変化する彼の言葉から探る。失った祖国ロシアへのノスタルジアは彼の生涯のテーマであったが、実際に作品の中でロシアの体現であるメアリーは複数性によって消失してゆく。その過程をたどり、根源であり目標である場所の到達不可能性を検証する。
 

備考(Remarks)  

1994  正と負の境界侵犯 ― Pninについて  単独  1994/10 
日本アメリカ文学会第33回全国大会  , 愛知学院大学   

概要(Abstract) 5.
ナボコフの『プニン』(1957)において疑わしい語り手の存在やイメ-ジの反復は、主人公プニンの現実的な世界と対立する仕掛けにとどまるものではない。プニンの世界を侵害し、時には融合=死の恐怖をもたらすそれらの仕掛けこそが、境界侵犯の働きによって、プニンの存在をより深め、確かなものにしている。

 

備考(Remarks)  

1992  シンポジウム―ポストモダニズムとフィクション  共同  1992/04 
日本アメリカ文学会中部地方支部第8回大会  , 名古屋大学   

概要(Abstract) 発表者:藤平育子(司会)、長畑明利、中田晶子
Toni Morrison,John Barth, Paul Austerの小説世界からポストモダニズムを考察する。
Paul Austerのポストモダンについてを担当〓ポ-ル・オ-スタ-の『ニュ-ヨ-ク三部作』(1986)は、探求という普遍的な物語の枠組みをもつが、主人公たちは探求の果てに何かを発見するという探求譚の伝統に反して、中心=自己同一性を見失う。それは複数性の発見であり、固定された視点を持つ主体の支配を免れた世界の発見と考えられる。

 

備考(Remarks) 4 

1989  曖昧なパズル ― William GaddisのCarpenter's Gothic  単独  1990/01 
日本アメリカ文学会中部地方支部例会  , 名古屋大学   

概要(Abstract) ギャディスの『カ-ペンタ-ズ・ゴシック』(1986)の曖昧さを作り出している要素を分析する。矛盾する断片的な情報、読者への情報伝達を妨害し続ける語り、あからさまなパスティ-シュの手法、引用によって読者を欺く曖昧さが生み出される。

 

備考(Remarks)  

1984  虚構の中の「存在しないもの」  単独  1984/10 
日本英文学会中部地方支部第37回大会  , 名古屋大学   

概要(Abstract) ナボコフの「記号と象徴」(1948)を意味の多層性に注目して分析する。息子の死は、物語の上では明らかにされないが、作品の象徴的なレベルでは事ごとに暗示されている。しかし象徴的な意味を持たないものの存在が、象徴的なレヴェルの悪意を裏切り、虚構の中に複数の虚構の次元を作り出している。

 

備考(Remarks)  

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